野上村の内に小塒(こてや)と云う山あり。此の山の嶺に綾織池と言う池あり。往昔は大なる池にて、其の深さ何程と言うことを知るものなし。此の池のそこに竜宮城在りと言いり。折にふれ時に依り、機織る音きこゆる故に自ら綾織池と古より唱う所のもの。何か入用の器にこと欠く時は、其の入用の品ものを借り度き旨、書き付けて池へ投げ込めば、必ず明日朝往き見れば池の端にあり。用果て後持ちゆき池へ投げ込めば、其の品を水に巻き込みとなり衣服・箸・物に限らず武器・書類の類といえ共、好みに応ぜずと言うことなし。其の後あるもの池より借り得し箸を月を経、年を越えて返さざりければ、織姫其の偽りをうとんじて何地へ行きけん。其の後は、綾織る音も絶えて聞えず、池も其の頃の年月は何の頃と言伝うるものもなくたゞ人口に残るのみ。
益子金右衛門家に当時珍蔵する処の大なる朱の椀は、彼の綾織の池より借得しものなりと言い伝う。(『創垂可継』)
益子金右衛門家に当時珍蔵する処の大なる朱の椀は、彼の綾織の池より借得しものなりと言い伝う。(『創垂可継』)
(注)寺宿の光厳寺に、綾織池の椀と称するものが、保管されている。