(一) あかご狐

1007 ~ 1008
 むかしむかしのお話です。
 那須の狩倉(かりくら)の地といわれた篠原(しのはら)に、一匹の狐が棲(す)みつくようになった。
 那須野に風花(かぜはな)が散り冬が訪(おとず)れた頃のことである。この狐は赤ちゃんの姿に化け、藻(も)をかぶって広い枯野(かれの)の笠松(かさまつ)の下(もと)に、落葉を敷いて泣きじゃくり、誰か拾い上げてくれるものはないかと心待ちしていた。しかしこゝは天下に知られた那須野が原のこと、気づいてくれる者はない。それでも毎日飽(あ)かずに泣き続けていた。
 それから暫(しばら)く後の雪の降る日のこと、ひとりのおばあさんがここを通り、雪の中に寝(ね)かされている赤ちゃんの姿に目をとめた。「まあ!可愛(かあい)そうに、こんな雪の日に赤ちゃんを捨てるなんて……」と。抱(だ)いてわが家に帰り、団炉(だんろ)でからだを温(あたた)めてあやすと、笑(え)みを浮かべて元気をとり戻(もど)した。哀(あわ)れに思って養うことにしたが、日毎に成長し美しい娘になった。気だてもよく寝(ね)る間もない程の働きぶり、農作業も上手(じょうず)で、稲田(いなだ)には黄金(こがね)の波が立ち、その実(み)入りは並(な)みの二倍も三倍もあった。
 おばあさんの家は忽(たちま)ち裕福(ゆうふく)になり俵(たわら)の山に囲(かこ)まれ、何の不自由もなく暮らし、隣(とな)り近所(きんじょ)から羨(うらや)まれるほどになったが、なかには、あの娘(こ)は並(な)みではないと怪しむ者もあった。そのうちおばあさんはわけのわからない高熱に悩(なや)まされた。そこで祈祷(きとう)をしてもらうと「あなたの家では狐の化身(けしん)である娘を養っているからだ」と神宣(しんせん)があった。その場に居合わせた者も驚き、疑(うたが)いの眼差(まなざ)しで娘の方を見ると、怪(あや)しげな光を残し、その姿を彼方(かなた)の雲の中に隠(かく)してしまった。ところが不思議(ふしぎ)なことにおばあさんの病気はすっかりよくなったという。
 それから間(ま)もなくのこと、都からこの那須野に飛来(ひらい)し隠(かく)れ棲(す)んでいた金毛九尾(きんもうきゅうび)の狐「玉藻の前(たまものまえ)」が、蝉(せみ)に化(ば)け、桜樹(おおじゅ)に(一説にとかげがあしの葉に)にとまっていたところ、その正体を池の鏡面(きょうめん)に映(うつ)し出され、三浦介・上総介らに退治(たいじ)されたことがあったが、これは娘に化(ば)けていた狐ではないかと、その風説(ふうせつ)がこの篠原(しのはら)の里に飛んだということである。(『ふるさと雑記』より)