三 餅売りの老婆

1016 ~ 1017
 「陣中閑あり」――こんな或る日のことです。寄せ手の陣屋に、六十許りの老婆が餅売りに来ました。
 「おい、おばあさん、わしにくれ」・「わしにも二つ」と羽が生えて飛ぶように売れました。みんな美味しそうに、頬張りながら、お婆さんの、世間話を聞いていました。
 江戸重長という侍は、この、お喋り好きな餅売り婆さんのことを聞いて、鼻薬をきかせながら高館城中のことをあれや、これやと、わなをかけながら聞き出しました。
 「那須のお殿(との)さまは立派なお方だ。城が堅固な上に、策戦が上手だから、決して落城することはないよ。いつだったかは、水口(みなくち)を敵に抑えられてしまったので、敵を欺くために、馬のからだを洗うのに、水のかわりに白米を使って、水が沢山あることをみせかけたからなあ」と、つい口をすべらせてしまいました。
 この話を重長は聞いて、小踊りして喜び、範頼に報告しました。
 高館城中の水口は、再び寄せ手に抑えられてしまいました。