(十) 黒羽町立両郷中央小学校

1040 ~ 1042
〈校章の意味〉八溝山麓地域を平和の鳩が羽をひろげて包み育くむことを意味している。当時北原校長を中心に豊田隆夫教頭(当時)渡辺次男教諭(当時)などで考案された。
(制定昭和二十七年)




〈所在地〉黒羽町大字中野内八〇九番地



〈沿革〉
明八・七・一五 寺宿光厳寺の本堂を借用し、校名を「仰高館」として発足。
明一五・七・  寺宿、中野内、河原、両郷の四校に分離し、それぞれ「仰高館」「檀山小学校」「河原小学校」「亭毒館」と称する。

 一八・八・  河原、中野内の二校は再び寺宿仰高館に合併。
 二八・三・  現在地に校舎を新築移転する。
 二九・五・  高等科を併立し、両郷尋常小学校となる。
昭一六・四・一 学制改革によって両郷国民学校となる。
二二・四・  新教育制度によって校名を改称し、両郷村立中央小学校となる。高等小学校が廃止され、三年制の新制中学校が旧第四校舎を使用して発足する。

 三〇・二・  町村合併により黒羽町立両郷中央小学校と改称。
 三四・五・  五月二日中学校校舎落成し、新校舎に移転。
 四一・二・  二月二十五日創立九十周年記念事業実施。
 四七・四・  新校舎(鉄筋コンクリート二階建)完成。
 五二・四・  両郷東小学校三月廃校、四月新学期より本校に合併される。
 五四・一二・ 旧講堂取りこわし、新体育館(七〇八m2)竣工なる。
〈歴代校長〉
1 富樫小百人 明 八 ―一七
2 大塚英吾  明一八・二一
3 佐藤捨吉  明二二 ―二五
4 土屋恒太郎 明二六 ―二七
5 岡邦太郎  明二八 ―二九
6 岡本清武  明二九 ―三四
7 稲沢勝智  明三五 ―三六
8 臼井庄吉  明三七 ―三九
9 小林郁   明四〇 ―四五
10佐藤文梧  明四五 ―大一三
11有賀義雄  大一三 ―昭六
12酒主虎之助 昭 六 ― 八
13吉成隆   昭 八 ―二一
14渡辺慶哉  昭二一 ―二三
15北原菊枝  昭二三 ―三一
16豊田隆夫  昭三一 ―三四
17高梨武   昭三四 ―四〇
18大場英雄  昭四〇 ―四三
19菊池玄   昭四三 ―四五
20小林勝   昭四五 ―五二
21大村洸   昭五二 ―五六
22小泉庄吉  昭五六 ―

〈校歌〉
 現在の校歌
            作詞 蓮実彊  作曲 堀江貞一
一、青い空から ほゝえみかける
 八溝の山の ふところに
 希望に燃えて 学ぶ子の
 心に生きる 仰高館
 訓を今に 新しく
 明日を荷なって 進みゆく
 ここはわれらの中央小学校
二、里をめぐって やさしく歌う
 松葉の川の せせらぎは
 知徳を磨き 励む子の
 心にいつも かよいくる
 身をすこやかに 友だちと
 睦み合う日の 喜びは
 ここよわれらの中央小学校
 
 以前の校歌
  旧校歌(一)
            作詞 蓮実長  作曲 不明
一、里をうるおす松葉川
 清きは己がこころにて
 歴史は古き高館の
 高きは己が望みなり
二、黄金花咲く八溝山
 山なみめぐる我が村は
 汗と愛とに生きてこそ
 いよよ平和に栄ゆらめ
三、君子のみことを守りつつ
 神のみめぐみ み仏の
 教えを深く 胸に入れ
 この世たのしく送りなむ
  旧校歌(二)  (年代・作者不明 両郷村郷土誌による)
 まえとうしろの両郷を  へだてぬ中の中野内
 たてし我等の学び舎に  学ぶ幼子五百人
 楼窓あけて 眺むれば  那須の与一の名も高き
 高館山の城のあと  堅き厳はわが心
 扇の要 一向(ひたすら)に  学びの業をいそしみて
 やがてつくさん国のため