むかし、旅装束(しょうぞく)の方丈(ほうじょう)さんが托鉢(たくはつ)して各地を巡錫(じゅんしゃく)していた。日がくれたのにどこへ行っても宿を貸してくれない。困った方丈さんは山際の立派な家を見つけ、宿を頼んだ。ところがそこの主人は、「私の家へは泊められないが、この上に空寺(あきでら)があるから、ここで夕飯を食べて、そこにお泊りなさい。」と教えてくれた。雨露さえしのげればどこでもよいと思い、夕食をご馳走になって空寺へ行った。しかし、方丈さんの泊ろうとする空寺は、一度入ると出てきた者は誰もいないという、いわくつきの寺で、村人たちも気味悪がって近づかないというところであった。もちろん、そんなことは知らない方丈さんであるが、何かわけがあるのだろうから回向(えこう)をしなければと思いつつ中に入った。やがて、方丈さんが一生懸命お経をあげていると、後の方で大きな声がする。なにごとかと思ったが、それでも一層有難いお経をあげていた。すると今度は大きな入道が二人もあらわれて、方丈さんのうしろから「トロン、トロン」と唱える。方丈さんはお経を続けていたが、だんだん体が動かなくなる。これは不思議と思いながら、力を込めて独鈷(とっこ)を「えいっ」と投げつけた。するとものすごい声を出して大入道はあばれだし、天井裏へと逃げ去った。方丈さんは夜を徹してお経をあげ、朝になるのを待って山際の家へもどった。家の主人は方丈さんの姿を見ると「ゆうべは何事もなかったですか。」ときいたので「ありました。しかし、どうしても自分には正体がつかめなかった。だが独鈷を投げつけたので傷を負って逃げたよ。今日は村中の者たち総出で、武器を持って集ってくれるよう、ふれまわって下さい。」というようなことになり、村中にふれがまわって人々は空寺へ集ってきた。戦国時代なので皆槍(やり)・鉄鉋(てっぽう)・刀などをそれぞれに持って来ている。天井裏へ逃げ込んだのだからと、はしごをかけてあがってみたところ、隅の暗い所になにかが寝ていた。それっとばかりに打ち取ってみるとそれは大きな蜘蛛の化物だった。トロントロンという音は糸を出すときの音だったのだ。それを相手に巻きつけ、身動きができなくなってから食べたのであろう。天井裏には人の骨がたくさんあったそうだ。