[昭和三〇年]

昭和三〇年一月 微雨(一一首/一〇首まぼろしの椅子)
 ぬかりなく後任を狙ふ彼を知り離職せむ君との幾日は寂し
 
昭和三〇年二月 海岸線(一四首/まぼろしの椅子)
 
昭和三〇年三月 夜の落ち葉(一一首/まぼろしの椅子)
 
昭和三〇年四月 残夢(一五首/一三首まぼろしの椅子)
 何時の間に職替へし彼かうすよごれ今日は年鑑を売り込みに来つ
 辞職勧告を受けし女教師局内の事情を探らむと今宵われを訪ひ来ぬ
 
昭和三〇年五月 春寒(一二首/一〇首まぼろしの椅子)
 蓆旗立てて坐り込まむと決めしとぞ拙き策よとわが胸痛む
 結論を得しならむ部落解放委員ら冷や酒酌みて酔ひゆくらしも
 
昭和三〇年六月 風聞(一〇首/八首まぼろしの椅子)
 人員整理の噂を楯に示威をなす彼と対決すべき日近し
 家庭の愚痴を朝よりやめぬ彼の前張りのある声にもの言はむとす
 
昭和三〇年七月 起伏(一〇首/まぼろしの椅子)
 
昭和三〇年八月 短夜(一一首/九首まぼろしの椅子)
 停年近き掃除婦たちにも頼られて弱音は吐けぬわれぞと思ふ
 尾行されつつ句会に集ふ苦しみも超えむと言へり若き一人は
 
昭和三〇年九月 経緯(一四首/一三首まぼろしの椅子)
 扇風機を備へつけたれば炊事婦君もこの夏は幾らか働きよからむ
 
昭和三〇年一〇月 (無題・四首)
 こもごもに語り疲れて夜の更けぬひとりのわれとなりて眠らむ
 たれよりも饒舌なりしわれと思ふ夜の更けてより響く潮の音
 夕かげに光りてゐたる貝殻も夜の満ち潮にひたされてゐむ
 去なばまたいつ来む海ぞ朝もやの霽れゆくを永くかかりて見ゐつ
         推移(八首/四首まぼろしの椅子)
 スカートの余りぎれもて今宵縫ふ友の幼な子の小さきボレロ
 出張の疲れ持ち越して寂しきに朝よりとげとげとゐる友を見つ
 委ねられし編輯に打ちこみて迷ひなきわれとのみ友は羨めるらし
 職制の革まる日まで女同士助け合ふ外なしと言へば友も肯ふ
 
昭和三〇年一一月 秋深む(八首/七首まぼろしの椅子)
 寂しくてかけし電話と知る君か陶芸展の切符送れくれたり
 
昭和三〇年一二月 寂しき電話(一三首/まぼろしの椅子)