[昭和三八年]

昭和三八年三月 パリの地図(七首/五首無数の耳・一首/朝日新聞)
 縞の目をあわせて布を裁たむとしありありとかの首謀者の貌
 
昭和三八年五月 早春抄(五首/無数の耳)
 
昭和三八年六月 残冬抄(六首/三首無数の耳)
 寒鯉を桶に泳がせ売れる見つ焼け跡らしき空地を占めて
 惑ひつつ歩めば遠き丘の道雪をつつぬけて煙突が立つ
 カーテンをはり替へて春を招く部屋何のワルツを明日より弾かむ
 
昭和三八年七月 雨衣(三〇首/二二首無数の耳)十周年記念号
 手に乗せて重さ占ふ結球のレタス含める水はららかす
 いきいきと海の色香を取り戻す故郷の若布水に浸せば
 夜の端をサイレンの音渡りゆき引き伸ばされしわが意識あり
 袖つけの縫ひめに溜まりゐし埃払はむとして体臭を呼ぶ
 木枯らしは人買ひの吹く笛の音と聞きつつ母の中に眠りき
 亡き母のなしゐしごとく片はしを膝もて抑へ真綿引きゆく
 木の幹にこすりて角を砥ぐといふ雄牛らゆたかに草にまろべり
 片肘のもげしマネキン人形が横向きに運び去らるるを見つ
 
昭和三八年一〇月 日常抄(七首/五首無数の耳)
 トラックの過ぎゆく風に煽られし煙ふたたび視野をとざさむ
 弾き見てグラス選りゆく店先に菰濡れし荷が運び込まれつ
 
昭和三八年一二月落葉季(七首/五首無数の耳)
 あたたかき手よと言はれし記憶さへ蘇りつつわれをさいなむ
 声嗄るるまでに呼ばはば雪空をくぐりて還る木霊もあるや