[昭和四〇年]

昭和四〇年一月(七首/六首無数の耳)
 舶来の化粧水など置きゆけり言はぬ歎きを見透かすごとく
 
昭和四〇年二月(六首/三首無数の耳)
 泥沼に太陽の浮ぶ油絵を置きゆけりわれのをらぬ間に来て
 再びは逢ふ日あらじと思へるに人は喚きつわれを詰まりて
 くれぐれの裾にまつはる水明り沼尻まではゆきしことなし
 
昭和四〇年三月(七首/無数の耳)
 
昭和四〇年四月(六首/三首無数の耳)
 語尾濁す癖を直せと言はれにき少女の日よりたゆたひやすく
 シャガールの海の青さを眼裏におし拡げつつまどろみゆきぬ
 包丁の曇り拭ひて刻みゆく山椒の芽のはげしく匂ふ
 
昭和四〇年五月(六首/三首無数の耳)
 夜の湾に光るささ波詰まりゐし遠き記憶も消さむすべなし
 割り箸をさきて一人の朝餉なす幾日の旅も終らむとして
 薪割りし痺れが腕に残りゐて亡き父母の夢ばかり見つ
 
昭和四〇年六月(七首/五首無数の耳)
 草抜きし匂ひが指に残りゐて亡きはらからの夢ばかり見つ
 夜の道に砂が置かれて影深し何をつぶやき来しかと思ふ
 
昭和四〇年七月(七首/無数の耳)
 
昭和四〇年八月(七首/六首無数の耳)
 松の木のうろこにしみて降る雨か黄の傘をさし子らのゆきかふ
 
昭和四〇年一〇月(六首/四首無数の耳)
 職員の一人変りて夕顔もサルビアの花も今年は咲かず
 一片(ひとひら)の紙に断たれしゑにしにて鳥のゆくへのごとく知られず
 
昭和四〇年一一月(七首/三首無数の耳)
 どのやうな連想を持つ妹か風鈴の音をはげしく厭ふ
 藤の花の縫ひ紋残る亡き母の夏の羽織に風通し置く
 間道に落葉焚く香のなづさへば住み慣れし街のごとく歩めり
 巻尺をたぐりて人の去りゆけりダムの町は既に雪降るといふ