[昭和四一年]

昭和四一年二月(七首/三首花溢れゐき)
 水枯れし林泉のほとりの日溜りに音なくあそぶ冬の小鳥ら
 梁に垂れゐる縄を怖れつつ仕へし家も義母もはるけし
 コンクリートの大き塊うづめつつ道路工事の今日も続けり
 鉄塔の傾きて来る錯覚も夜空をながく仰ぎゐしゆゑ
 
昭和四一年三月(七首/四首花溢れゐき)
 醒めて聴く警笛の音遠ざかり次第に幅のせばまりゆけり
 久々に語りあはむといふ便り薔薇の季節に来よと書き添ふ
 卓上を飾れる花を分けあひて少女らもみな消え去りゆけり
 
昭和四一年四月(八首/二首花溢れゐき)
 父母のこころも知らず蹄型の小さき磁石を持ちて遊びき
 重き扉押して出づればたちこめし霧をへだてて夜の海は鳴る
 音荒く通り抜けゆくトラックにかきたてらるるかなしみのあり
 くらがりに灯ともすごとき水仙の花々も見て別れ来にけり
 待ち針を数へ直しつつ寂しめば果て知らずして木枯渡る
 染めあげし青のスカーフ野の風を呼びつつ乾く白日のなか
 
昭和四一年五月(七首/五首花溢れゐき)
 貶めて帰りし人も寂しきか匂ひしみたる双手を洗ふ
 ほの白き犬サフランの花置けば夜の机に風湧くごとし
 
昭和四一年七月(七首/四首花溢れゐき)
 打楽器の音のみ響き来るゆふべ自らを責むることにも倦みぬ
 夕凪は沼を蔽ひて久しきに告げ得ぬ語彙のふくらみやまず
 移民船に托して送る花の種子理非を糺さむ行為に遠く
 
昭和四一年九月(七首/三首花溢れゐき)
 喪の花の打ち寄せられてゐる渚次第にこころ乾きて歩む
 片袖の濡れゆくままに歩みつつ奪はれやすき立場も寂し
 送られし素描に浮ける指紋幾つ遠き異変を伝へてやまず
 鈴の音をまろばせて歩む猫とゐて失ふのみのくらしが続く
 
昭和四一年一〇月(七首/三首花溢れゐき)
 門灯の光のなかに湧き出でてしろじろと何の花か咲きゐつ
 軒下に乾かぬものを殖やしつつ雨降れば雨に泥みゆくなり
 朝々に黄色の錠剤飲みて出づ雨季を厭ひき別れし人も
 咲き残るダリアの朱は小さくて夏の終りの雨にうたれゐる
 
昭和四一年一一月(七首/五首花溢れゐき)
 みどり児の泣き声闇の奥にして空襲の夜の遠き記憶を呼ばふ
 磨きゐるガラスに透けて対岸の杉の梢のしきりに乱る