昭和四四年二月(七首/三首花溢れゐき)
降りやまぬ雨の時をり輝きてさ起るさまも見つつ歩めり
揉まれつつ花束の流れ去るを見つ帰るほかなし落ち葉を踏みて
降誕祭までには癒えむとはげまして枕べに置く冬のカトレア
たれを待つ夢とも知れず匂ひなき花のしろじろ暮れ残りたり
昭和四四年三月(六首/五首花溢れゐき)
味気なく仕事なすときうづき来る奥歯も寂しコピーとりつつ
昭和四四年四月(七首/六首花溢れゐき)
呼びかはす野の鳥のこゑ美しき羽根をわが身は持つこともなし
昭和四四年五月(六首/五首花溢れゐき・一首ぼなみ)
移り来てはじめてすごすきさらぎの十日椿の花咲き出でぬ→「越してきて」花溢れゐき
昭和四四年九月(七首/四首花溢れゐき)
ゆくりなく会ふ朝の虹薬入れとなりしバッグをいづこへも持つ
木の間よりまた戻り来る白の蝶遠き電話を聞きゐるときに
電話なきくらしをかこつ妹の電話が入ればまた苦しまむ
昭和四四年一〇月(六首/三首花溢れゐき)
鋭角の衿の線朱の色に引き秋のコートの型紙を裁つ
思ふことみなあはき日を朴の葉の影をかさねてわが上に垂る
ガラス戸の花柄冴えて唇の灼くる季節もいつか過ぎゐる
昭和四四年一一月(六首/四首花溢れゐき)
レーズンをサラダの白にちりばめて嵐のあとのごときしづけさ
動く歯のいつか痛まずなりゐるとまたよりどなき寂しさは来る