[昭和四七年]

昭和四七年一月(六首/三首雲の地図)
 通されていつものソファーに仰ぎ見る湖の絵もいつしか寒し
 硝子ごしに計器のたぐひ光りゐて不吉にわれの名は呼ばれたり
 放課後まで保つや児らが校門に築きあげたる雪のスフィンクス
 
昭和四七年二月(七首/四首雲の地図)
 雪山へバスを発たしめちりぢりに闇にまぎるる見送りびとら
 連れのゐてつたなくものを言ひしこと時経て思ひ癒されがたし
 白梅の若木植ゑたるわが庭にいち早く来よ今年の春は
 
昭和四七年五月 操られゐる(二五首/二二首雲の地図)
 刻限によりて明るむ岬の絵椅子を回して立つときに見ゆ
 声もなく渡る鳥あり薄氷のきれぎれに浮く沼の上の空
 花を撒きつつ来しかと思ふ気がつけば花のあらざる蘭の鉢持つ
 
昭和四七年八月(六首/二首雲の地図) (昭和四八年一二月まで無題)
 届きたる供花の黄の薔薇活けてゐて虚飾のやうな窓の明るさ
 クレパスは青のみとなり吹く風も野も真っ青に塗るほかあらず
 出でゆけばすぐに隠れてたはむれにブザー押す子は幾人ならむ
 身に近く置く縫ひぐるみ初めから吠ゆることなき犬などさびし
 
昭和四七年一〇月(七首/三首雲の地図)
 目の前につきつけられし感じにてカラジウムの葉の一枚そよぐ
 身をよけて通らしめたるトラックに横向きに乗れる三頭の馬
 硝子ごしに雨を見てゐて目の前のことに怒らずなれるに気づく
 街灯をかぞへつつ来て気づきたり悲しみをそれてゐたる時のま
 
昭和四七年一一月(七首/四首雲の地図)
 ひさびさの雨となりたり忌の明けに異国のやうな対岸の森
 窓によりて見てゐる雨は絵のやうに白き斜線を引きながら降る
 手巾(ハン)(カチ)にアイロンの余熱あてながらまたとめどなく思ひ墜ちゆく