[昭和四九年]

昭和四九年一月睦月集 消し忘れゐる(二〇首/雲の地図)
 
昭和四九年五月 (無題 七首)
 二枚の刃をかさねておけばしづかなるかたちと思ふ机上の鋏
 進みぐせの柱時計と知りながらおどろきやすし休みの日にも
 見つからぬままにすぎつつ妹のよく嵌めゐたる珊瑚の耳環
 夢のなかの約束のごとはかなきに詣でむトルコ桔梗を買ひて
 春分の日ざしとなりてわがゆくて紫いろに砂利の浮きたつ
 われの身に香の匂ひのするといふ噎せてひさしく香を焚かぬに
 ラ・パロマの目覚まし時計また買はむ優しくなさむ朝の思ひを
 
昭和四九年七月 (無題 七首/二首雲の地図)
 谷深くたづさひ降りし日のありき栃の実を机の上にころがす
 襟もとのさびしき朝か鏡のなかのわれにかけやる銀の鎖を
 さわだてる木立の上を流れつつ粗き縞なす何の煙か
 考へてもどうにもならず道ばたの菜の花は半ば実となりてゐる
 さし潮の色となり来る見つつゐて河の向かうはわが知らぬ街