平成五年一月 (無題)(五首)
病院の小春日和に満開といへどまばらよ冬の桜は
何を病む異国の人か樺いろのサリーをまとひさむざむと待つ
花過ぎし薔薇園を来て根元よりがくり傾く鶏頭も見つ
目の前を横切らるるは不吉ぞと知れる蛇にも久しく会はず
わが家の地下は珪藻土と聞きをれどその混沌は思ひ見難し
平成五年二月 (無題)(五首)
気迷ひも散ずるごとし丈伸びて分厚く茂るアロエ見をれば
駐車せるトラックが道に多きこと誰にともなく言ひつつ渡る
つぶつぶのつぼみ持ちたる黄の小菊開山の僧の墓にも供ふ
をさな子の母を呼ぶ声そのままにかさねて若き妻を呼ぶ声
拾はれてもう無いピアスと思へども幾日か過ぎて雪の降り出づ
平成五年三月 (無題)(五首)
目の前に置かれしショパンの左の手石膏なればさほどにあらず
辻褄を必ず合はせ給ふよと恨みがましく思ふことのあり
子も親もみな出払ひて昼餉どきこの界隈に人をらずとぞ
括られし十人ほどにわが名ありそのページにてしばらく遊ぶ
振り向かば狐の顔となりてゐずや前を行く人もわが持つ顔も
平成五年四月 (無題)(五首)
書斎には三畳あれば足るといふ見回して苦しわれの三畳
穂草そよぐかの空港は思へども約を果たさむよしなし今は
バス停に待ちて見をれば目の前は耕して立つ春の土の香
病む前も今もかはらず雉子鳩はとほろとほろと朝を啼くなり
珍しき花なりにしは何時までか棚にあふれて極楽鳥花
平成五年五月 (無題)(五首)
千年の杉にも花の咲くといふ人の遺恨に病むとも伝ふ
ゲレンデの人工雪とぞ山腹に雪型のやうに残る模様は
かがまれる後姿のままにゐてわかさぎ釣りは声を発せず
北国のみ冬は長く雪掻きをなりはひとする人々のゐき
お日さまのやうに真赤な黄身持つと大き玉子の三個置きゆく
平成五年六月 (無題)(五首)
摘み草の土の匂ひの恋ほしきに花乾きをり冬のすみれは
砂漠には巨大戦車が似合ふとぞなづな花持つまがきの裾に
あきらめてゐたるいのちをこの春のうす緑いろの桜にも会ふ
児童らが草を摘み来て飼ふ山羊の小さきままゐよ休暇のあとも
考へてどうにもなるとにもあらねどもしだれて桃の咲けば嘆かゆ
平成五年七月 (無題)(五首/一首形成平二・六)
さまざまに書きて書かれてわがひと世詳らかには未だ知られず
曲水のうたげのあとの京の菓子折の木の香を立たせて届く
家族らはみなもとのまま集まると浄土のことを教へて行けり
足取りを追ひて思ひてたどりしが月山あたり春のたかむら
平成五年八月 (無題)(五首)
ときに縮みときにふくらむ浮き沈み不透明なるかたまりわれは
右の手に煽りて消して見てあれば蝋の匂ひはかなしみを呼ぶ
近未来の何をか告げてソケットを抜けば鋭き火花が飛びぬ
外側より乾きて乾き切れざるは洗濯物のことにありたり
咲き終へし月下美人は戦ひに敗れ果てたるもののふめきぬ
平成五年九・一〇月(終刊号) (無題)(五首)→平成五年六月号と同