昭和三一年七月 まぼろしの椅子・その後(六二首/五〇首まぼろしの椅子・一〇首不文の掟・二首形成)
昭和三一年一一月 カナダまで(一五首/一三首不文の掟)
急ぐこともあらじとひとりごち歩む光とほさぬ身の影踏みて
放送の終りを告げて鳴るハープ夜明かして何を待たむころぞ
昭和三二年八月 古代の石鏃(一五首/不文の掟)
昭和三三年三月 夜陰の音(二〇首/一八首不文の掟)
いらだてるこころ見抜かれゐしわれかひとりとなりて眼帯はづす
草蔽ふ水路ひとすぢ風葬の丘とつたふる墓地をめぐる
昭和三三年七月 夢うら(一〇首/不文の掟)
昭和三三年九月 逸れ矢(一〇首/不文の掟)
昭和三四年一一月 夜色(一五首/不文の掟)
昭和三五年三月 冬の言葉(三〇首/不文の掟)
昭和三五年一二月 西域の壺(三〇首/二二首無数の耳)
発言を封ぜむために示されし数値にてあざやかな負号伴ふ
遠き町の便りに聴けば騙られてゐるとふわが名美しからむ
這いあがり来しわれを突き落とせしもわれにて夢の醒めぎはの声
草むらにサンダルの片方探しつつ探さむものはまだほかにある
流木は端より水に漬かりゆき仮泊の船の灯の色乱る
拝物の徒ともなり得ぬいらだちに木の芯を持てる護符贈りにき
月桂樹の葉を入れてシチュー煮込むとも償ひがたき訃を知りしあと
換算し合へる会話をうとみつつ心富めりといふにもあらず
昭和三八年七月 雨季のうた(三〇首/二九首無数の耳)
濡れ髪のままの眠りをぬけ出でて藻魚(もいを)の雌は岩間さまよふ
昭和三九年三月 野火の村(三〇首/二五首無数の耳)
繃帯を巻きし足ごと冷ゆる夜はもくろまむ火花撒くかの神事
紙幣もて十字架の飾り買へる見つ雪は次第に窓にはげしく
置き石も筧も見えぬくらがりに水の音のみ光り流らふ
青白き馬が炎えつつ現はるる振り向くたびに闇の奥より
片濁りしてゐる沼を見し日よりオカリナの笛は聞かれずなりぬ
昭和三九年九月 真葛原(五首/無数の耳)