昭和五〇年一月 せばめられゆく(一三首/一二首野分の章)
払ひ切れぬ被害者意識逆光となりて黄を増す欅の梢は
昭和五〇年四月 ガラスの皿(一一首/八首野分の章)
ゆく末は思はざらむとゐるものをほとりに水の湧くごとき日よ
包丁の背もて鱗を削がれゐつ過ぎて体のいづこか寒し
ひとところ光る落ち葉は何ならむものを干しゐて目のかかづらふ
昭和五一年二月 落ちてみひらく(二首/野分の章)
昭和五一年七月 新しき塩(二一首/二〇首野分の章)
暮れてゆく楡の梢の鳥一羽エジプト文字のさまにしづまる
昭和五二年一月 人形の靴(一一首/野分の章)
昭和五二年六月 オーロラの布(三一首/野分の章)
昭和五三年一月 一匙の塩(一九首/野分の章)
昭和五三年七月 春のうしほ(一〇〇首/風水)
昭和五三年九月 機銃音(五首/風水)
昭和五四年一月 夜の銀座(五首/風水)
昭和五四年二月 転生(二一首/風水)
昭和五四年五月 首の無い絵(二一首/風水)
昭和五四年九月 峠のごとき(三一首/風水)
昭和五四年一一月 雪娘(二一首/風水)
昭和五五年一月 森の匂ひ(三一首/風水)
昭和五五年七月 岸辺かここは(三一首/風水)
昭和五五年一二月 花の香ならず(二〇首/風水)
昭和五七年一月 つひに紅薔薇(三二首/印度の果実)
昭和五七年八月 雨域(三二首/印度の果実)
昭和五八年二月 絵蝋燭(一五首/一四首印度の果実・一首形成)
昭和五九年二月 象牙の花(一四首/一首印度の果実)
ひとりごとにわれみづからを励まして夜にわたらむ会に出でゆく
二階より見おろしをれば降りやまぬ雨と噴水の音とまぎらはし
牝鶏の数羽の声の庭にしてこころやさしくなりゐるごとし
さまざまに範囲ひろげて言ふ聞けばやましきことを持つはすさまじ
拇印押して朱の色の濃きに驚きぬ被害届といへり書類に
能登びとの声を電話に聞ける夜の夢にさわだつ冬のうしほは
山国に育ちて海を知らざりき少女のころよりあくがれ易し
銘柄は甲斐路と言へりあたたかき籾殻をほぐして葡萄を掬ふ
公職を去りて一年使はなくなれる名刺の箱のまま出づ
象牙の花を襟に飾りていまししが喪の家の昼はしづかなりけり
ひろがりてくねれる枝を生けあぐみ黄菊幾粒こぼしてしまふ
ストーブを消して寝ねむに金印の出でたる島の名も忘れゐる
戦争のくり返さるる詮なけれビショップの環など立つ日のあるな
昭和五九年五月特集・短歌とエロティズム「大正生まれの女流たち」
毛の帽の男二人に柚子の木は奥深く梯子を差し入れられつ