昭和二八年一月 冬日抄四首
肩揉みてほしと君言ふ書きかけの原稿を音たてて破りし後に
病む母を訪はむ願ひもきりのなき繕ひものに一日暮れたり
校正の赤鉛筆けづりつつ又母の病ひのことを思ひてゐたり
安き米買ひおきてとりにゆく我を待ちいますとふ母を思へり
信濃紀行七首(四首/まぼろしの椅子)
淺間颪に吹きさらされむ日も近く防風林めぐらす家々はあり
やみがたき思慕に訪ひ來し日も遠し山なみ蒼き君がふるさと
林檎樹林の間の小道もとほりて遂げがたかりし戀の日を追ふ
昭和二八年二月 訪ひ來し教へ子六首/まぼろしの椅子
昭和二八年三・四月 冬の日七首(五首/まぼろしの椅子)
母の病状を告ぐる聲なり落着きて聞かむと受話器持直したり
かがまりて靴の埃を拭きはじむ少女は待ち疲れし表情をして
二月歌會記 無題一首(朱扇)