『現代短歌シンポジュームテキスト』

昭和三八年四月 椿一本二〇首(o印「律」昭和三八年九月号)
 椿の木に変へられてなほ生きたきに日々に重たし諸手の花は    o
 次々に切り倒さるる木々の中苦しむために切り残されむ    o
 花咲けるゆゑに一本残されてまともに風を浴ぶる木となる    o
 スパイクのままわが幹をよぢ昇る児よ下枝を撓めて待てば    o
 脅えやすき少女のために夜の雪墜(しづれ)堪へてゐたりき行き過ぐるまで    o
 月よりも星よりも太陽の美しさ生れ変りし木にて知りゆく    o
 逢はむためてだて選ばぬ若者がわが幹に彫る隠語めく文字
 やみがたく伸ばす根いつか亡骸の母の頭蓋を砕く日あらむ    o
 変生の後に届きし手紙にて取り返しのつかぬことばかりなる    o
 色盲を見破られ来し少年に仰がれて褪せしわが花の色    o
 幽明をさまよひゆけばたをやかにありけむマルグリータも老いぬ    o
 風のなき夜は花粉も漂ふと垂れつつ月に照る葉翳る葉
 犠牲死を聴きしかの日の耳のまま幹に貼りつき疼く瘤あり
 〈落ちざまに水こぼしけり花椿〉芭蕉を超えず木となりてなほ    o
 風を得て一夜にわれのこぼす花貧しき町の子らが拾はむ    o
 殺戮の跡のごとしと呟けり義足にわれの落花踏みつつ    o
 人間に戻らねば遂げ得ぬことに次第に醒めてゆく心あり
 濫伐のあとの切り株よごれゆく日々ひこばえに若葉そよげり
 たえまなく電話鳴る部屋一輪の椿を額に挿して働く
 しげりあふ枝葉かかげて年を経ししびれは長く四肢に残らむ