『短歌現代』

昭和五二年一〇月 盲ひのゆゑに(三〇首/野分の章)
 
昭和五四年一月 交差点(一〇首/風水)
 
昭和五五年九月 かなかなは今(二五首/風水)
 
昭和五六年五月 杉匂ふ(一〇首/風水)
 
昭和五七年六月 遠景ー離職あとさき(三三首/印度の果実)
 
昭和五九年一月 をりをりきざす(一〇首/印度の果実)
 
昭和六〇年一月 巻き貝(二五首)
 夕映えの白く残れる橋の上ブルドーザーが渡りてゆけり
 村の名と今ごろ知りて何にならむ青くともれり駅の時計は
 街灯のとぎれし闇に踏み入れて砂利の見えくるまでに間のあり
 くらがりに馴れて歩めば近づきてコンクリートの電柱が立つ
 夜の更けて釘打つ音はどの家かわれもしきりに何か打ちたし
 留守の日は仏の棲家となる家ぞ使はぬ部屋にも菊を活けおく
 奈良の秋更科の秋としのびつつ病めば何をかつぐなふ如し
 近々と鳥威しの音聞こえをり本を探して二階にあれば
 五分後に炊飯器の蒸気を抜く習ひ翅音は石蕗の花にあつまる
 サンダルは昨日の雨に湿りゐて体温を持つといふさびしさよ
 目の前に何かよからぬ細胞のかたまりの如し黄の鶏頭は
 寝入りたるみどり児をとつぷり埋めたる乳母車押して帰りゆきたり
 病みあとのしづけさにゐてまた思ふ好事も無きにしかずと言へり
 信号のみな赤となる町の角瀬戸ものの店はいつしかあらず
 遠くゆく旅にかあらむ母と子のとなりあひゐてあやとりをなす
 干し草の匂ひ嗅ぎつつ乗り換へて一両となるローカル線は
 芝焼くを立ちて見をれば火の範囲ふちどりながらひろがりてゆく
 光れるはパラボナアンテナと気づくまで真横より見て枯れ野を行けり
 前の世をふと思はせて城門の鋲の羅列に冬日あたれる
 信ずるはなににてもよく足型の大き一つを石に刻めり
 羽根の紋あざやかに見えゐたりしが飛び立ちゆけり黄の蝶として
 木下闇をくぐり抜け来し顔一つひきしめてまた歩まむとする
 消しゴムが目の前にあり火祭りを見て来てつねのわれに戻れば
 月出でていよいよ暗きわが庭に八つ手の花の光りはじめぬ
 ころがりて離れてしまひし巻き貝の二粒をそのまま卓上に置く
 
昭和六一年三月 相似形(八首)
 ライターを使ふに慣れて夜の部屋に燐の匂ひの立つこともなし
 カーテンの向こうは少し明るきかコピイとりつつ笑ふこゑする
 相似形を宙に泳がせみどり児のうすももいろのあなうら二つ
 濁音をあやまつものの言ひ方の気になりてゐて多くを聞かず
 発端はいかにありけむ中途よりまざまざと来る人の記憶は
 口辺をわななかせゐる大写し俳優なればかくはあざむく
 卓上の三個のグラス終りまでそのままなりしオレンジジュース
 序列といふものあることの静けさに戻さむと皿を重ねてゆけり
 
昭和六二年八月 絵巻の雲(二五首/二四首風の曼陀羅)
 まじなひをしてより下駄をおろす習ひふるさとの村に今も残るや
 
昭和六三年九月 うすづきそめぬ(二五首/風の曼陀羅)
 
平成二年一一月 手旗ならずや(七首/風の曼陀羅)
 
平成三年一月 衛星都市(二五首/風の曼陀羅)
 
平成三年八月 大波小波(七首/光たばねて)
 
平成五年一月 狗尾草の記(一〇首/光たばねて)
 
平成五年七月 野の上(七首/光たばねて)