『花神』

平成二年二月季刊誌一〇号 散華ひとひら十首
 西国へ病みて参れぬわれのため散華ひとひら送りたまひぬ
 戦国の武将の隠し湯と謂へる山里もすでに雪降れりとぞ
 家族の名書き入るるとふ空欄を斜線に消して夜も更けむとす
 寺の名も忘れて過ぎて久しきに嫁ぎし姉の居たる日のあり
 蟹の絵の走馬灯など回しつつ他愛なかりし三人姉妹
 人の顔ばかりわが描き飛行機の絵ばかりゑがく少年も居き
 かをかをと空向きて鳴くどの鶴も胸のまろみの相似形なす
 わが宿のポストのあたりの陽だまりに小さき冬の蜂が集まる
 まれまれに立てる厨にラップして花のごとしもサーモンの朱は
 西の窓ややに明るみ通り雨の過ぎししじまに白粥を炊く