『毎日新聞』

昭和四五年二月一日 鈴の音一首
 ガラス戸の不意にかげりて膝に置く鋏の鈴の短く鳴りぬ
 
昭和四五年七月一九日 水の言葉五首(三首/花溢れゐき)
 噴きあげて風に折られて散り乱れ水に言葉のあるごとき日よ
 何を待つ思いひともなし噴水と呼吸合ふまで立ちつくしゐて
 
昭和四六年一〇月三〇日 ぬるき涙四首(一首/不文の掟・一首/まぼろしの椅子)
 紫をわが色となし身にまとふ落ち葉降る日の逢ひをたのみて
 怺へむと決めて閉ぢたるまなじりにぬるき涙のたまりてゆけり
 
昭和五五年九月二〇日 童画ー図書館にてー五首
 夏休みも終りて次々に返りくる釣り入門の本・旅の本
 水槽をはみ出してしまふ金魚の絵はみ出て赤き尾鰭がそよぐ
 宿題をし終へて芝生に出でし子らパンダのやうにまろびて遊ぶ
 人の世のかなしみごとも知りゆくや涙流して絵本読みつつ
 うら若き母が子に読む紙芝居「赤ずきんちやん」も終りに近し
 
昭和五七年六月二六日 路上にて五首(印度の果実)
 
昭和五九年三月三日 白梅のころ五首(印度の果実)
 
昭和六〇年六月一五日 人工の風五首
 紫陽花の植込みを濡らす霧の雨遠ざかりゆく男の傘は
 エレベーターのガラス隔てて見る下界洋傘あまた行き交ひゐたり
 急ぎ足に勢ひありてアタッシェケース提げし男の忽ち見えず
 熱帯魚のコーナー行けば人工の風にポトスの葉の揺れやまず
 マヌカンの二体にレースまとはせて服地売場も夏ならむとす
 
昭和六二年九月 秋暑某日五首(風の曼陀羅)
 
昭和六三年一一月 随筆「秩父路往反」中の三首
 山峡は秋深くして砂利の道落ち葉を寄せてかよふ風あり
 順礼の白衣一団すぎゆきて何事もなく木の葉散りつぐ
 渡り来し橋のたもとに見返ればすでに冬めく水の光は
 
平成元年四月二九日 随筆「高麗の里は新緑」中の四首
 攻めて来む敵許さじとすさまじき形相に立つトーテムポール
 亡命の高句麗の王を祖となして千二百年の系図ありとぞ
 ハイヒールの少女らが過ぎし参道に吹かれてやまず春の落ち葉は
 若草のなだりは深き木下闇しろじろとしゃがの花湧きてをり
 
平成元年六月 鹿島灘某日五首(風の曼陀羅)
 
平成元年九月三〇日 随筆「伊佐沼の秋」中の二首
 底浅の思ひならねば伊佐沼の水とて狂ふ日もあるならむ
 入会(いりあひ)の沼なりし日もとほくして岸打つ波の寄せてはかへす
 
平成二年一一月三日 土耳古石五首(風の曼陀羅)
 
平成五年一月二三日 略図のビル五首(光たばねて)