昭和四四年八月二八日 「埼玉の四季」浄国寺七首(一首/花溢れゐき)
わくら葉のひとしきり降り運慶の地蔵伏し目におはす親しさ
累代の領主の墓のしづもりをほぐさむと来て小綬鶏の鳴く
僧房のあと小暗きにかいま見て呪符にも似たる花押のかたち
をとめ子の庫裡より出でて乗るならむ赤き自動車木の闇に置けり
はゆま路の幸をねぎけむ世を遠く草にうもるる石ぶみ幾つ
過ぎがたの百日紅をふり仰ぎ大屋根の陽のうすづける見つ
昭和四四年一〇月九日 「埼玉の四季」占肩の鹿見塚七首
誰が母の奥津城ならむ古りし世の塚をめぐりて咲く曼珠沙華
秋草のさやぐ音してまなかひに野生の鹿のまぼろし遊ぶ
父塚はいづこと呼べば秋の日の狭霧を分けて浮く森のかげ
占象を待つにはあらねど束の間を雲の亀裂ゆ洩れて日の差す
石弓をとりて獲物を追ひたつる鬨のこゑなど湧くにあらずや
トラックの迫る現つのとどろきよ時のけぢめを失なへる身に
傾ける石のきざはし積もりたる落ち葉を踏みて帰らむ今は
昭和四四年一一月二〇日 「埼玉の四季」歓喜院七首(一首/まぼろしの椅子)
刀水橋をゆきかふ車まなかひに妻沼の里は取り入れの秋
明日知れぬいのちを生きしもののふの何祈りけむ持仏に向きて
貴惣門をゑがき平和の塔を描き倦むともあらぬ少年画家ら
矢じるしのままにたどれる道尽きて軍荼利明王の滝は涸れたり
いづこともなき花の香を尋ねゆけばひいらぎ咲ける堂裏に出づ
暮れのこる地上の落ち葉鳴り出でて一と夜を寒く風吹くならむ