[昭和四六年]

昭和四六年一月一四日 「埼玉の四季」鳥の園七首
 つらなりて帰るは雁か音もなく風見の矢羽根回るなかぞら
 白子鳩の一羽また二羽逆光に黒きつぶてとなりて降り来る
 中島にたむろしてゐて何見むと首をのべたり鷺の一羽は
 その数の限りなければわが身より浮き寝の鴨ら安らかに見ゆ
 みづからのさだめも知らず引掘にかづきて遊ぶ囮あひるら
 日の入りに四方の空より寄せて来て嵐の如し椋どりのむれ
 鴨猟は明日とぞ富士を遠く置き空は貝殻いろの夕雲
 
昭和四六年二月二五日 「埼玉の四季」雛の町七首
 金屏にともるぼんぼり雛祭る夜のにぎはひに満つる店々
 名工の幾人ありてそれぞれに異なるみめの何れやさしき
 親王の眉の凛々しく妃の雛はおすべらかしの髪のゆたけさ
 坐れると立てるとありてうすらかに頬を染めゐる三人官女
 金襴の源氏車にうちつれて出でますらむか賀茂の祭りに
 買ふ人の決まりし雛は一つ一つの目隠しされて包まれゆきぬ
 雛の荷は見るにやさしく添へて持つ桃の造花も匂へる如し
 
昭和四六年四月一日 「埼玉の四季」岩殿観音七首(三首/前掲)
 もろもろの願ひいだきて物見山登りゆきけむいにしへびとら
 わがために蕎麦打ちて待つ友ひとり茶屋を営むこの山かげに
 遠き世の帰依さながらに藁を焚きいまも祀るか家並古りつつ
 見はるかす丘のなだりのひとところ辛夷咲きゐむ空の明るむ
 
昭和四六年五月二七日 「埼玉の四季」多宝塔付近七首
 トーテムポール背景となりし少女らは写真をとりあふ代る代るに
 もちの木の若葉ほぐるる仰ぎ来て塔の宝珠のかがやく角度
 相輪にあまた懸かれる風鐸のゆらぐと見えて鳴ることもなし
 水煙をよぎりて鳩の過ぎゆけどただにしづけく多宝塔あり
 韓びとの巧み尽くして彫りにけむ天人は舞ふ裳をかへしつつ
 永劫の舞を舞ひつつをみなゆゑ翳る日無しや飛天のおもわ
 丘越えて花匂ふ風ボーイスカウトの一団は来て点呼をはじむ
 
昭和四六年七月一五日 「埼玉の四季」静女幻想七首
 みちのくをさして幾夜の草まくらつひに会ひ得ず迎への使者に
 雪の日の吉野さくらの鎌倉も過ぎていだかむみどり児はゐず
 今はただ恋ほしき人のあとを追はむ思ひにつひの紅刷かむとす
 隈ふかくなりし日のくれ笛の音とつづみの音と湧くにあらずや
 直垂に烏帽子凛々しく思ふさま舞ひし日ありきなべてまぼろし
 白鞘に咽喉を突きたる戦慄のはしりてわれをよみがへらしむ
 身の明日も知るによしなしつゆくさの花を静女の塚に手向けて
 
昭和四六年八月二六日 「埼玉の四季」古戦場七首
 幾万の騎馬入り乱れ戦ひし跡と聞けども夏草の原
 木の橋を短く架けて里川は夏の名残りの水音を立つ
 鎌倉をめざす人馬のいきほひに如何に乱れし水かと思ふ
 白旗をなびかせて陣を構へしか岡のほとりはいま稲の花
 命知らずの万のつはもの率し人は何思ひけむ駒をつなぎて
 幾たびも兵火に落ちし社とぞ石古りて皇子の歌碑残りたり
 夕立の至るけはひに水引もいたどりの花もさやぎ始めつ
 
昭和四六年一一月 ふと遠のきて七首(三首/雲の地図・三首/形成)
 揺れながら竹の葉にゐる蝸牛を物言はぬ虫と決めゐてよきか
 
昭和四六年一二月二三日 引き戻さるる七首(二首/雲の地図)
 病室を出でて来て踏む黄の落ち葉歩み得る身の罪深き日よ
 待ちてゐて得たるゆとりに幾たびも玩具の汽車は笛を鳴らしつ
 陽だまりの砂場に遊ぶ幼な児の小さきはだし砂にまみるる
 ふと何にそれし思ひか手もとよりビーズこぼれて畳の音す
 忘れむと決めて毛糸を編みゐるに一日一日と引き戻さるる