サーカスに売らるると聞き町の子は人さらひがゐることを信じき
サービスとある紙入れてみちのくの赤きかぶらの漬けもの届く
西行の見返りの松といふきけばかへり見にけむ僧形の見ゆ
歳月を消されむとして思ひ切り怨めば人の夢に出づるや
歳月はただに流れてむくつけき羆なりしを討ちて祀らる
最後かも知れぬと思ふ夏も終はりて面変わりすることなくゐしといふ
さゐさゐと紙さわだてて待つ仕事ありひとりの夜へ戻らむとして
歳時記に拾ひ読みせし花のいろトリカブトの花は紫深し
最終のニュースにとびこみハイジャックされしジャンボ機無事なりしとぞ
採点の甘き教師と言はれしが少し諦めてゐしやも知れず
さいの目のコーヒーゼリーは切り口のきらきらとして運ばれて耒ぬ
催馬楽の舞を見し日も静かなる日は奈良に遠ざかる
歳晩の花を供へて傘させば重心のふらつく危ふがられて
冴え冴えとありにしものを仰ぎ見る現つの人は汗を光らす
坂下りくる自動車はつぎつぎにドアのガラスを光らせて過ぐ
坂下の波止場を遠く見てあれば黒船のゐて水を吐き出す
坂の上のアトリエの窓點りゐて夕ぐれ梅の花の香がする
さかのぼる思ひありたり薄雲のかかれる山を目の前にして
先を急ぐ思ひいつしか身に古りて指輪の石の重たき日なり
さきがけて名乗らぬことを確かめて電話が鳴れば思ひ直して
さきざきのことを思へばきりなきに人に言はれて寂しき日なり
咲きたけて黒味を帯びてたかぶりを抑ふるさまに鶏頭はあり
咲き残る小菊の黄色生き死にを越えて来し身の膝の高さに
先の先のことと思ひてゐたる日の近づきてゐむ知らぬあひだに
前の世に犯しし罪の見えてゐて人の視線の今朝はまぶしき
咲き満てる今年の桜見下ろせば山もろともに浮き立つごとし
作者亡き後も茶の間を明るくするサザエさん見つつ胸つまりくる
作戦を変へて攻めよと思へども敗者にむごしカメラアングル
昨夜立てし薬湯の香はまだ残りゐて今日もまたむし暑からむ
桜草のうすくれなゐに咲く鉢をおきて友の病室明るし
桜餅の鉢が運ばれ葉の色も大きさも違ふなかの一個よ
避けて持つ言葉のわれに多き日に朝鮮朝顔花ひらきたり
笹がきをしてゐてそぎてしまひたる左の小指の繃帯とれぬ
笹原を漕ぎてゆきたる夢にしてわが鋤きゐしはいづくの耕地 ※
山茶花の白花一顆咲き出でぬ久しく人の住まはぬ門に
挿し替へしローランサンの絵葉書の少女は白馬の上に振り向く
挿し木してすぐ根づくとふ沈丁花の花のいづこにひそむ力ぞ
挿し込みては置きにしノート一列の本をとうとう倒してしまふ
さそり座を見たることなし南天はつね東京の灯にうるみゐて
誘はるるやうに付きゆく螢ありかはるがはるにほのと点して
誘はれて駐車場まで出でにしが花火三発見て戻り耒ぬ
幸深き郷とぞ思ふ住み慣れて津波警報など聞く夜もなく
幸ふかきめをとをほぐと薔薇は咲き野の小鳥らも歌ふならずや ※
実朝の朝の字を名に持つ人の老いたる会もこだはりていふ
さびしさに耳をすませば長短をつけて区切りて鳴く鳥のをり
サブとしてある左の手左手のごときひと世を終へたまひたり
茶房の名赤ん坊の名茶杓の名いのちにあらむ名前といふは
さまざまな名詞を当つる遊びありわが見て遊ぶテレビの前に
さまざまに言はれゐて年を重ねたりわれさへわれのまことを知らず
さまざまに言はれゐる身と思へども鼻血のことなど告げずにおかん
さまざまに泳ぎ回れど貼りつきて動けぬやうな水鳥もゐる
さまざまに忖度を許す故意ならむ少し間をおき次の名を言ふ
さまざまに人は果てゆき炎上の寺をバックにドラマは終へぬ
さまざまに酔ひてほつれてゆくさまをひとごとならず見てゐるわれは
さまざまに理由といふは立つものと思ひてをれば春の雷鳴る
五月雨の音を聞きつつ母と子は夏の祭りの幣を折るとぞ
寒き夜を離ればなれに体温を持ちて歩めり犬も子猫も
寒き夜をはなればなれに点滅をくり返しゐき温室の灯は
醒めぎはにはらと解けしは何ならむうすぎぬのごとき風が吹きゐる
醒めてまだ膝が疼けり自転車の踏みても踏みても進まぬ夢に
沙羅の花と言ひかへてしばし仰ぎたり薬局を出でし築地の通りに
去らむ日の近き千鳥か砂浜に文字の如きを捺して去りしは
ざらめ雪と呼びて掬ひて遊びにき北国も春に移りゆく
攫はれてゆくごとく揺るるものばかり植物園は秋風のなか
去りがたき悪寒なれども頬紅をやや濃く刷きて今日の顔とす
去り難き思ひなれども立ち耒ればむねの高さは連翹の花
さりげなく笑みかはしたる別れぎはに人の心も読まむとしたり
さわさわと槙の梢の鳴るごとくわが心にも粉雪ふる日
ざわざわと風に浮き立つ野のゆくて闇を深めてたかむらそびゆ
ざわざわとどこかが動き芦はみな芯まで枯れて立ちてゐにけり
ざわめくはビル建築の遮蔽幕たかむらの風の如き音する
三国を分けてそそり立つ甲武信岳夕ぐれの余光のなかに見ゆ
散財をしに行くことも叶はねばデパートのカードその尽(ママ)に持つ
三冊の辞書をつぎつぎに引き比べ芯に届かぬ思ひ残れり
三叉路を迷はず帰り来しわれの真っ正面に夏の月浮く
三十年続く歌会にみな老いて一人づつ喪ひて来ぬ
残生をおだしくあらむ六百ワットの電子レンジを使ひこなして
3とあるテーブルにわれはつきにしが何番がわれにふさはしからむ
参道にコード渡して吊るしゐし五燭光ほどの裸電球
参道の青葉にさして日傘がゆけり青葉の奥に神のいまさむ
桟道は八十センチの幅といふ黒部の谷の春を映して
三人のうまごは女ばかりとぞ上が五歳とあればしのばゆ
三年目に入りたる医師の若ければ未だ隠して言はぬことのあり
三年もたたば似合はぬと言はれたるローズ色の服を時経て思ふ
残年を如何に迎へむ重大に遭ひゐてわれのとりとめもなし
桟橋の影の色濃くゆるるのみ迎への舟の待つにもあらず
三連の水車も動き始むるころかいづこなる山の雪解に
三連の水車は休みてゐしといふ旅のおはりを告ぐる便りに