マーガレットの花溢れをり左の目は右の目よりもよく見ゆるとぞ
マイナスの志向ははじめよりありて弾きなづみゐし三連音符
前脚の片方の膝が浮きてゐて真横から見る白馬美し
前掛けと言ひゐしはいつごろまでならむ背中にリボンの如き紐結ぶ
前の方にしてゐし雨の音いつか家全体を包みてしまふ
前もうしろも積みたる本にふさがれてこころゆたかといふにもあらず
紛らす外はなきかなしみと思ひ踏むミシンの糸もつるゝ夜を
負けをれば声消してかけておくテレビ世界の果ての野球の如し
髷物と呼ばるるドラマ短きを水旺の夜の楽しみとせり
曲げられて言はれてをれどをとめらは玉虫いろのレインコート
まさかりと謂へる杣の道具を昔の家に見て覚えをり
まじりゐる塵を吹きつつ寄せてゆく砂子のごとき大根の種
貧しき君が美術全集を揃へゆく何時か生れむ子のためと言ひ
貧しければない方がましと言ひながらみどり児の欲しと君も思はむ
貧しき身がみじめになりて別れ来ぬ幼きて学資を得むといひし妹
貧しきは貧しきなかのよろこびを持ちゐしごとし傘の張り子
貧しさの極みにありて疑わず生きてゆくかも若きめをとは
又荒れし手にリスリンをすりこみて君のかたへにやすまむとする
またかけし目がねよく似合ひたりまがひもののべっ甲よと笑ひて言ひゐしが
また風の出づる気配かかたはらの吾亦紅の花はじっとしてゐず
待たさるることも仕事よ男の声のみにもの言ふ九官鳥は
待たされてゐる目の前に房ながらはねかへるごときバナナのかたち
待たされて久しくなれば置き物のブロンズの馬と語りて遊ぶ
又の名を郭公薊とおそはりてもとの洋名忽ちに無し
また元の二人になりてくらすとて一人が病まば何をか言はむ
まだ明るきに雨戸をしめてさみしき日なりすかなる日と言ひ換へむ
まだ軍靴を履ける行商の老人にほだされて買ひぬナフタリン一袋
まだ軍靴はきて行商の通るらし彼の前歴を問ふ人もなし
まだ祖母のいましし里か万病に効くとて吊るす薬草ありき
まだ膝は痛むやと人の問ひて来てわれを同類項にしたがる
街角に立ちゐしわれは売れ残りのひよこと共にとぢこめられぬ
待ちてゐて必ずわれを脅かす壁画の鳥がうごくと言ひて
待ち待ちて得し春なるに辛夷見て白木蓮は見ずてすぎたり
まちまちの長さに垂りてほどよけれ十坪ほどなる藤の見ごろに
松風も曾良も叛く日なかりしや元禄のころの地図にある芭蕉庵
まっ黒のひびぐすりなど塗りにしが故郷は忽ち吹雪のかなた
待つことを罪と知りつつ母の死を待ちゐし思ひ今よみがへる
待つこともたのしげにして少女らは声はじかせてバス停にをり
待つことも待たるることもなくて済む死後と思へば安らぐごとし
まっ先に覚えて折りしだまし船教へ呉れし姉などとうに世に亡し
まっ白に塗りこめたくて飛ぶならむかもめならむと一羽目に追ふ
真っ白の柵の如きにかこまれてやや淡泊になりしかそけさ
真っ白の何かを写す瞬ありて恐ろしき目を鏡台は持つ
末席に三分の一ほどの簗なるに次々に耒て鮎ひるがへる
松の木に二人のぼりゐて地上には庭師の孫もゐて火を焚けり
松の木の影を出で入るめんどりら力抜けたる声に鳴き合ふ
松の実をついばみをれば二十粒必ずと言ひてゆきし人あり
松葉杖が入口にたててあるを見て深く用心なりて入りゆく
待つはやめ独りのつもりにて生くべしと思ふ夜半又涙にじみ来
まつはりて離さずとてか船魂に女性の髪の毛を祀るとぞ
まどかなる石の仏ら古りし世の飢饉に果てし人らを祀る
窓ぎはにライト射しゐて配役のたれも来ぬまま日の暮れむとす
窓口に棘だてる葉の鉢を置く理解しがたきことのみ多き
窓ごしに椅子運び出す二・三人ガラス戸は土におろされてゐて
まないたの忽ち手くらがりとなる夕べ遊びのごとく葱を刻みて
まばたきがめがねを曇らすといふ新らしき黄のめがね拭き
まぼろしに見たる子のゐて人住まぬ家には螢が灯をともすとぞ
まみどりのはっかの小さき葉をのせてはこばれて来ぬ今日のデザート
豆電球を一つ一つに点すべしほたるぶくろは何ゆゑ暗き
豆の束乾けばはじけて飛ぶといふ農をやめ得ぬよろこびならむ
迷ひ濃くさせしならずや病院へお入れするほかあらじと言ひて
丸き石をのせて墓とし過ぎ行けり昔も今も人は旅びと
丸餅を凍らせて蔵ひおくことの何か不穏のものの如くに思ふ
まれにしか見ない競馬斜行とふ反則をせし一頭を見つ
回り遠い思ひのみして帰りつつ裾のおもたし冬のコートは
曼珠沙華の絵はがき今朝は立てかけていづれ手狭なわが机なる
マンションのくぼに住みゐてこもりゐて春の霞といふも見難し
万年筆をいまも使ひてゐる人の雨にくぐもるはがきわれの名
満遍なき日ざしといへど片側は白々とせり大き林檎は