戸の外に吾等が末路知りて泣くみぞれ寢ます夜は更けめるを
果てしなく空に吹き巻く凩よ吾が悲しみもまゝよ吹き裂け
面影はやさしく笑みし傍らの小さき赤子をいたはるがごと
野も山も眞白き雪に閉ざされて姉逝きし日の夕はるけし
皆が汽車の遙か狭霧に消え去にて涙する子等のみが残れる
雨だれの音のみ冱えて御社の春の陽射しの静かなるかも
心内に悔ひつゝ母に偽りて独りとなるに涙こぼれぬ
ほの暗き舞台に躍る白鳥に目も與ふせで言の葉に泣く
白鳥の如く舞ひ舞ふ吾が友は美はしけれど心みにくし
遠吠えのしゞまに冴えて旅の夜の時雨に更ける山家侘びしも
窓辺より望みし空に青染まずたゞ乳色の雲ぞひろがる
浅春の夕は淡く紅に西空染めて日沈みけらし
ふしあわせな子供でしたと母上は亡き子語りて涙流しき
夕鐘の響くるかなた雲浮きて淡き姫神何か冴えあり
湖の水よ流れてどこへ行く姉在す国に行けと願へど
濕り地の葦のまゝある水岸を淋しきまゝに歌ひつゝゆく
吾死して母嘆かずや嘆かずば只一息と水に飛びた志
あゝいつか再び逢はむ兄君よ君が御上に幸ぞあれかし
絶え/゛\の虫は何をか語るらむ己が命の悲告げむとてか
芝原の秋虫が音の絶え/゛\に眞晝間に泣き何ぞ告ぐるや
病ら葉のふと散りゆくも秋近き世の移らひか独り侘び見る
一しきり過ぎゆく風に秋沁みて夕野の花のゆるく戰ぐも
轍のみはるか響くる秋の夜に在りし日の夢追ふのさみしさ
久方の岩手の山をふり仰ぎ流るゝ雲の影を追ひ見ぬ
むらさきの山肌に散る白雲は秋立つ風にゆるく流れつ
秋空のちぎれ雲飛ぶあち方に肌紫の岩手山見ゆ
母君に叛きて己が幸ひを得てな嬉しそ吾は悲しも
今日一日むすぼれし胸抱きつゝ夕静かにキイを叩きぬ
誰が一人人影もなき講堂にピアノと共に夕闇に居り
幾度か悲しき夢にうなされて目覺めて聞きぬ冬の夜の雨
秋雨の霧と注ぎて夕ざれば母在さぬやに鉄瓶の鳴る
月落ちて闇の夜深にたゞ一人書讀む吾も寂しかりけり
吾が手なる夕食はみて母君の笑顔仰ぎて涙こぼれぬ
冷え/゛\と雨に濡れつゝ辿りゆく道は一條銀箭走りて
はら/\と夕風に散る白樺に鳥影冴えて幹のみ白し
小春日の雲は流れぬ野に憩ふ吾が黒影を疾く追ひな志そ
遊郭の裏戸より出で霜月の朝風避ける姿侘びしも
入る時は玄関より入りたれ朝日は裏の芝戸よりひそやかに出づ
あゝ一夜明日なき闇の歡樂よネオンの花よ誰が為に咲く
提灯のどよめく波にほてりつゝふと滅びゆくものを想へり
われにだに解き得ず悲し暮れて行く雨の窓辺に泣ける心を
遠き人便りはあらず悲しとのみ思ひつやがて年も暮れゆく
秋逝きて北の国より冬の風船出する頃吾はかなしき
同じ月遠く離りて君と吾見ゆると想ふ秋のかなしさ
人の身のはかなさ故に見るも得ず声も届かぬ都の地かな
恋しきと悲しきと又思へども強き笞に吾が心打つ
なつかしき君が力に引かれ行く吾が足下の覺束なしや
〝又いつか〟あゝそは何とかなしきぞ君が心は幼き如し
盡くるなく降りしく雨ぞ秋も老ひ心も萎えて夕胸打く
月の影おぼろに沈み秋の夜は風立ち更けぬ轍の音して
今日ひとひ虚しき吾を省みて朧にうつる夜半の月かな
ひとすぢに学ぶ月日は疾くゆけど文待つ我に待つ日は遠し
友の言眞と思ひし先程の我幼きかなや愚かなるかや