音も無く乳色の霧のひろがりし夕べの町を濡れて行くなり
招けとて甲斐なき去年の追憶を月草の黄に触れて寝しむ
たそがれのベランダに独り糸を編み淡き憂いに灯もさゝず居し
母の為糸を編みつゝ黄昏れのさ闇の中にひとり想へり
様々の想ひ巡りて編む針も夕べの暗に渋り勝ちなり
夢のごと去にし月日を追ひ思ひ楽しき花の無きを悲しむ
〝からんころん〟凍てつく月に響く音遠き幸恋ふ下駄の鳴りかや
彼の窓の真闇の影に忍び寄る光も青し遅秋の月
悲しみはゆくり無けれどいよ深く狂へる如く里の恋へる日
いくたびかひとりねのゆめやぶられて狂ほしきまで君はこひしき
逢はなとて雲路幾重のかの鄙によすがはかなや死なましし君よ
はうたれて明日をはかなむなりはひに人よ知らずや光追へるを
虫の音に人は恋ふらく燦爛の光亂しつゝひた笑みしころ
黒鍵(ぶらっくきい)の狂へるテンポもわがこゝろ泣かまくかなし君が言の葉
あたら虫夜寒に滅入る身を忘れ夕べまゆ月ひた恋ふらしも
このこゝろわれと脊きをかなしやな許せ師の君猛きゼスチュア
山峡(やまかひ)の乳(ち)の霧追ひて夏野路を歌ひつ行きしあしたはかなし
かの朝にあれかの山を訪はざればひと恋ふ泪今なかりしを
嘆かじとちひさく言ひつれまなかひに影る面わや君は恋しも
朝露を踏みしだきつゝ吾が歌の霧間迷へりかなし言の葉
露草をしだきつゝ行けば古跡にあなはろ/゛\と霧白みたり
さよふけのしゞま忍びて落つる葉のさゝやき近し思ひ狂はな
師の君に倚れるこゝろは異郷(ことくに)にひとりその道問ふ身故にか
師の君のこもる情けの言の葉に冷えしこの胸温まんとする
埋み火をひとり懐きつ秋逝く日夜深落葉のさゝやきに泣く
o別かるゝは
この世の性とはしりつゝもはてはいかにと
おもふわが身の
oオリオンはつねに手をとり見し故に
今はひとりでなみだして見ぬ
oもりをかも
もう来ぬ町と知りぬれば
みかへりみかへり汽車に乗るなり
oひとりねのつめたき床に入りぬれば心のいたみぞいよゝますなり
oみかへりてもりをかにもいたく馴れぬればとはの別れとかなしかりけり
oこの街に在はさぬものとしりつゝもひさびさあゆむ君をたづねて
o控へ室のまど外にふと目をやりぬかのオーバーの色のなつかし
o誰が声をたづねてやまぬ浜千鳥ひとりはなれてせつなきものを
oもりをかにおもひ止(とど)まる人もなけれど永久の別れかとほゝはぬれにけり
o君ににし姿をみつけておひかける痛きこの胸誰しるものを
o君ににし姿のありしもりをかは永久になつかしき土地とならなん
oなに故にひとびとと春をたくへなむつめたくとぢぬをのがまぶたの
o一二三四五(ひふみしご)かぞへて五日あるものを三日かぞへてあとは泣くなり
ー十八の朝ふしどにてー