目次
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全短歌(歌集等)
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まぼろしの椅子
寂しき電話
醉へば寂しがりやに
いさぎよく
二年經て
共に死なむと
死ぬ時は
死ぬことしか
ドラマの中の
かかる場合に
ひとたびは
妻とふ名に
舊姓に
いつまでも
打ち明けらるる
人の前に
見えざるものを
一枚の
さまざまの
忽ちに
緩慢な
蚊遣りの匂ひ
00001
醉へば寂しがりやになる夫なりき僞名してかけ來し電話切れど危ふし
ヨヘバサビシガリヤニ ナルツマナリキ ギメイシテ カケコシデンワ キレドアヤフシ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.1
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (1)
00002
いさぎよく無視されたきに醉へばまた逢ひたしなどと言ふ夜半の電話に
イサギヨク ムシサレタキニ ヨヘバマタ アヒタシナドトイフ ヨワノデンワニ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.1
00003
二年經て机の位置も書棚もそのままなるを不思議の如く夫は眺むる
ニネンヘテ ツクエノイチモショダナモ ソノママナルヲ フシギノゴトク ツマハナガムル
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.2
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (2)
00004
共に死なむと言ふ夫を宥め帰しやる冷たきわれと醒めて思ふや
トモニシナムト イフツマヲナダメ カエシヤル ツメタキワレト サメテオモフヤ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.2
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (3)
00005
死ぬ時はひとりで死ぬと言ひ切りてこみあぐる涙堪へむとしたり
シヌトキハ ヒトリデシヌト イヒキリテ コミアグルナミダ タヘムトシタリ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.2
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (4)
00006
死ぬことしか言はず蹌跟たる夫にいつまでも待つと告ぐる外なかりき
シヌコトシカ イハズソウロウ タルツマニ イツマデモマツト ツグルホカナカリキ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.3
00007
ドラマの中の女ならば如何にか哭きたらむ灯を消してわれの眠らむとする
ドラマノナカノ オンナナラバイカニカ ナキタラム ヒヲケシテワレノ ネムラムトスル
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.3
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (5)
00008
かかる場合に保障されゐる妻の權利を主張せざれば古しと言はる
カカルバアイニ ホショウサレヰル ツマノケンリヲ シュチョウセザレバ フルシトイハル
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.3
00009
ひとたびは葛藤の中に身を投じ質さねばならぬ理路とも思ふ
ヒトタビハ カットウノナカニ ミオトウジ タダサネバナラヌ リロトモオモフ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.4
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (6)
00010
妻とふ名に執する如き生き方も苦しみてわが超えねばならぬ
ツマトフナニ シュウスルゴトキ イキカタモ クルシミテワガ コエネバナラヌ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.4
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (7)
00011
舊姓に戻りて故鄕へ歸リ住まむかと思ふ日あるを誰にも言はず
キュウセイニ モドリテクニヘ カヘリスマムカト オモフヒアルヲ タレニモイハズ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.4
00012
いつまでも待つと言ひしかば鎭まりて歸りゆきしかそれより逢はず
イツマデモ マツトイヒシカバ シズマリテ カエリユキシカ ソレヨリアハズ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.5
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (8)
00013
打ち明けらるることを期待しゐる友か探る如くわが部屋を見廻す
ウチアケラルル コトヲキタイシ ヰルトモカ サグルゴトクワガ ヘヤヲミマワス
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.5
00014
人の前に涙見せねば不幸せにもたやすく堪ふるわれと思はる
ヒトノマエニ ナミダミセネバ フシアワセニモ タヤスクタフル ワレトオモハル
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.5
00015
見えざるものを見つめて生くる如きわれに堪へ得ざりし夫と今は思ふも
ミエザルモノヲ ミツメテイクル ゴトキワレニ コラヘエザリシツマト イマハオモフモ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.6
00016
一枚の敎員免許状が今は終生の寄りどと思ひ涙こぼれつ
イチマイノ キョウインメンキョジョウガ イマハシュウセイノ ヨリドトオモヒ ナミダコボレツ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.6
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (9)
00017
さまざまの見方されゐるわれと知る醉ひし友に今日は貞女と呼ばる
サマザマノ ミカタサレヰル ワレトシル ヨヒシトモニキョウワ テイジョトヨバル
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.6
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (10)
00018
忽ちに遁しし幸よ用のなくなりしリキュールグラスを磨く
タチマタニ ノガシシサチヨ ヨウノナク ナリシリキュール グラスヲミガク
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.7
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (11)
00019
緩慢な悲しみに心を委ぬる如く夫のマンドリンつまびきて見つ
カンマンナ カナシミニココロヲ ユダヌルゴトク ツマノマンドリン ツマビキテミツ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.7
00020
蚊遣りの匂ひ殘れる部屋にめざめゐつ寂しき朝にも馴れて久しき
カヤリノニオヒ ノコレルヘヤニ メザメヰツ サビシキアサニモ ナレテヒサシキ
『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.7
【初出】
『形成』 1955.12 寂しき電話 (12)