白きホテル


00021
いつとなく寂しき雰圍氣漂はすわれならずやと思ふ勤め終へ來て
イツトナク サビシキフンイキ タダヨハス ワレナラズヤトオモフ ツトメオヘキテ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.8
【初出】 『形成』 1955.12 寂しき電話 (13)


00022
屈折せし意識に澱む夜の心長くかかりてスカートの襞をたためり
クッセツセシ イシキニヨドム ヨノココロ ナガクカカリテスカートノ ヒダヲタタメリ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.8


00023
身の不幸など歌ふべき時代かと苛みし人あり日を經て心展け來
ミノフコウ ナドウタフベキ ジダイカト サイナミシヒトアリヒヲヘテ ココロヒラケク

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.9


00024
生きてゆく幅を少しでもひろげたく昇任試驗受けて見むとす
イキテユク ハバヲスコシデモ ヒロゲタク ショウニンシケン ウケテミムトス

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.9


00025
公務員法讀み終へてそのまま眠りしか夜の明けて試驗は今日ぞと思ふ
コウムインホウ ヨミオヘテ ソノママネムリシカ ヨノアケテシケンハ キョウゾトオモフ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.9


00026
自信持てとつねにのたまへるを思ひ出づ訴願法の問題解き進みつつ
ジシンモテト ツネニノタマヘルヲ オモヒイヅ ソガンホウノモンダイ トキススミツツ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.10


00027
パラソルをたたみて入り來し妹の聲はづみわれの合格を告ぐ
パラソルヲ タタミテイリコシ イモウトノ コエハヅミワレノ ゴウカクヲツグ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.10


00028
敎員の資格持つも一つのゆとりとしのびのびとわが生きてゆきたし
キョウインノ シカクモツモヒトツノ ユトリトシ ノビノビトワガ イキテユキタシ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.10


00029
遠けれど湖のある村と知れば明日の出張をたのしみて寢る
トオケレド ミズウミノアル ムラトシレバ アスノシュッチョウヲ タノシミテネル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.11
【初出】 『形成』 1956.1 湖心 (7)


00030
草生分けて道に出づればイムメン湖の如きみづうみ木の間に見え來
クサフワケテ ミチニイヅレバ イムメンコノ ゴトキミヅウミ コノマニミエク

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.11
【初出】 『形成』 1956.1 湖心 (8)


00031
水門を閉ぢし人も去りたる湖に風吹けばまたささなみのたつ
スイモンヲ トヂシヒトモサリタル ミズウミニ カゼフケバマタ ササナミノタツ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.11
【初出】 『形成』 1956.1 湖心 (9)


00032
穂草そよぐ道のかたへに少女ひとり畫架たてて白きホテルを描く
ホグサソヨグ ミチノカタヘニ ショウジョヒトリ ガカタテテシロキ ホテルヲエガク

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.11
【初出】 『形成』 1956.1 湖心 (10)


00033
みづうみの旅より夜半に歸り來て思ふ寂しき晩年のこと
ミヅウミノ タビヨリヨワニ カエリキテ オモフサビシキ バンネンノコト

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.11


00034
窓に匂ふ月あり固執せぬ性をもつこともわれのみの知る幸として
マドニニオフ ツキアリコシツセヌ サガヲモツ コトモワレノミノ シルサチトシテ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.11


00035
運命に從順に見えてはがゆしと言はれしを幾日噛みしめて過ぐ
ウンメイニ ジュウジュンニミエテ ハガユシト イハレシヲイクヒ カミシメテスグ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956.4) p.12