雨のあと


00078
わが卓の花の水今朝も替へくれて嫁ぐ日近き少女明るし
ワガタクノ ハナノミズケサモ カヘクレテ トツグヒチカキ ショウジョアカルシ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.31
【初出】 『形成』 1955.5 春寒 (7)


00079
雨あとの土の匂へる井戸端にインコにやらむ青菜を洗ふ
アメアトノ ツチノニオヘル イドバタニ インコニヤラム アオナヲアラフ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.31
【初出】 『形成』 1955.8 短夜 (1)


00080
算盤をおきゐたる少女身輕に立ち来て謄寫終へしわれらに茶をいれくるる
ソロバンヲ オキヰタルショウジョ ミガルニタチキテ トウシャオヘシワレラニ チャヲイレクルル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.32
【初出】 『形成』 1955.9 経緯 (1)


00081
飯盒の噴きたるを機に宿直の同僚の饒舌よりのがれて歸る
ハンゴウノ フキタルヲシホニ シュクチョクノ トモノジョウゼツヨリ ノガレテカエル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.32
【初出】 『形成』 1955.9 経緯 (3)


00082
試驗休みには小諸へ行かむと勵してアルバイトの歸路の妹と別る
シケンヤスミニハ コモロヘユカムト ハゲマシテ アルバイトノキロノ イモウトトワカレル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.32
【初出】 『形成』 1955.4 残夢 (9)


00083
洋裁店に住みこめる敎え子の今日の手紙徒弟制度の暗き雰圍氣を傳ふ
ヨウサイテンニ スミコメルオシエゴノ キョウノテガミ トテイセイドノクラキ フンイキヲツタフ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.33
【初出】 『形成』 1954.12 村落 (9)


00084
市税とりに來し君が今日は自作の詩ののれるパンフレットをくれてゆきたり
シゼイトリニ コシキミガキョウハ ジサクノシノ ノレルパンフレットヲ クレテユキタリ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.33
【初出】 『形成』 1954.11 教職 (6)


00085
靜かなるものにのみ心惹かるると言ふ聞けば何を君に強ひ得む
シズカナル モノニノミココロ ヒカルルト イフキケバナニヲ キミニシヒエム

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.33
【初出】 『短歌』 1954.11 古き樂譜 (4)


00086
誘はれし講中にも行かずわがために饀など漉して母は待ちゐつ
サソハレシ カウヂュウニモユカズ ワガタメニ アンナドコシテ ハハハマチヰツ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.34
【初出】 『形成』 1955.5 春寒 (3)


00087
兩親なき友らの就職の難きこと今日切實に妹の言ふ
リョウシンナキ トモラノシュウショクノ カタキコト キョウセツジツニ イモウトノイフ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.34
【初出】 『形成』 1955.5 春寒 (4)


00088
亡き父に似てすべなしと言ひ出でて妹の潔癖を母は危ぶむ
ナキチチニ ニテスベナシト イヒイデテ イモウトノケッペキヲ ハハハアヤブム

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.34


00089
今朝は職場に歸りゆくわれに柚子匂ふ朝餉を母はしつらひくるる
ケサハショクバニ カエリユクワレニ ユズニオフ アサゲヲハハハ シツラヒクルル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.35
【初出】 『形成』 1955.11 秋深む (8)