暗き季節


00280
やりどなき苦しみに堪へて來し揚句一つの決斷にわが迫らるる
ヤリドナキ クルシミニタヘテ コシアゲク ヒトツノケツダンニ ワガセマラルル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.111
【初出】 『形成』 1954.3 暗き季節 (1)


00281
ふきこぼるる鍋を下して今宵も一人遲き夕餉に向はむとする
フキコボルル ナベヲオロシテ コヨイモヒトリ オソキユウゲニ ムカハムトスル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.111
【初出】 『形成』 1954.3 暗き季節 (2)


00282
戀ひて待つ人もなき身ぞ星々もまたたき交すごとき夜半なり
コヒテマツ ヒトモナキミゾ ホシボシモ マタタキカワス ゴトキヨワナリ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.112
【初出】 『形成』 1954.3 暗き季節 (3)


00283
聲低く論語學而篇を讀み始む苦しみの果ての安らひに似て
コエヒクク ロンゴガクジヘンヲ ヨミハジム クルシミノハテノ ヤスラヒニニテ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.112
【初出】 『形成』 1954.3 暗き季節 (4)


00284
常に何か賭けて生きむとする君に秘かにわれの苦しみて來ぬ
ツネニナニカ カケテイキムト スルキミニ ヒソカニワレノ クルシミテキヌ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.112
【初出】 『形成』 1954.3 暗き季節 (5)


00285
孤立無援の君と思ひて眠らぬに今宵も歸り來る氣配なし
コリツムエンノ キミトオモヒテ ネムラヌニ コヨイモカエリ クルケハイナシ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.113
【初出】 『形成』 1954.3 暗き季節 (6)


00286
興味本位に噂されゐむ歸らざる夫のしみじみ憎き日のあり
キョウミホンイニ ウワササレヰム カエラザル ツマノシミジミ ニクキヒノアリ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.113
【初出】 『形成』 1954.5 危き未来 (3)


00287
幾日も歸らぬ夫に會ひに來て思ひみじめに受付を過ぐ
イクニチモ カエラヌツマニ アヒニキテ オモヒミジメニ ウケツケヲスグ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.113
【初出】 『形成』 1954.5 危き未来 (4)


00288
優柔不斷を君も誹れど信じ切れなくなりし過程はわれのみが知る
ユウジュウフダンヲ キミモソシレド シンジキレナク ナリシカテイハ ワレノミガシル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.114
【初出】 『形成』 1954.5 危き未来 (7)


00289
女の側を貶しめ易き世の思惑に迷はず身の振りを決めむと思ふ
オンナノガハヲ オトシメヤスキ ヨノオモワクニ マヨハズミノフリヲ キメムトオモフ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.114
【初出】 『形成』 1954.5 危き未来 (6)


00290
思ひあぐみて幾夜眠らぬわれの名を幼く呼びて妹は來ぬ
オモヒアグミテ イクヤネムラヌ ワレノナヲ オサナクヨビテ イモウトハキヌ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.114
【初出】 『形成』 1954.3 暗き季節 (7)


00291
コートなど縫ふに紛れてゐるさまを見屆けて母は歸りゆきたり
コートナド ヌフニマギレテ ヰルサマヲ ミトドケテ ハハハカエリユキタリ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.115
【初出】 『形成』 1954.3 暗き季節 (8)


00292
いつまでも明けおく窓に雨匂ふもしや歸るかと思ふも寂し
イツマデモ アケオクマドニ アメニオフ モシヤカエルカト オモフモサビシ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.115