旅のあとさき


00417
妥協のみ繰返しゆくわが日々よ思へば今日もよく笑ひたり
ダキョウノミ クリカヘシユク ワガヒビヨ オモヘバキョウモ ヨクワラヒタリ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.164
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (1)


00418
聲あげて母よと呼びたき時のありわが寂しさは夫にも響かむ
コエアゲテ ハハヨトヨビタキ トキノアリ ワガサビシサハ ツマニモヒビカム

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.164
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (2)


00419
亂れゆく君が生活に脅えつつ身の去就さへ定め難けれ
ミダレユク キミガセイカツニ オビエツツ ミノキョシュウサヘ サダメガタケレ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.165
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (3)


00420
焦點を故意に外して言ひ合へば夫も他人の一人のごとし
ショウテンヲ コイニハズシテ イヒアヘバ ツマモタニンノ ヒトリノゴトシ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.165
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (4)


00421
薄荷の匂ひ少し嗅ぎなば眠れむとあてなき思ひしつつ覺めをり
ハッカノニオヒ スコシカギナバ ネムレムト アテナキオモヒ シツツサメヲリ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.165
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (5)


00422
ながき未來に計りて去就定めよと言はれしことも身に沁むるなり
ナガキミライニ ハカリテキョシュウ サダメヨト イハレシコトモ ミニシムルナリ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.166
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (6)


00423
今朝はやや立ち直りたるわが心野ばらの唄うたひて勤めに行かむ
ケサハヤヤ タチナオリタル ワガココロ ノバラノウタウタヒテ ツトメニユカム

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.166
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (8)


00424
よるべなきこころのままに出づる旅よ小型聖書も鞄に入れつ
ヨルベナキ ココロノママニ イヅルタビヨ コガタセイショモ カバンニイレツ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.166
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (9)


00425
道のへの草に埋もれし塔婆にも百合を手向けて過ぎむとぞする
ミチノヘノ クサニウモレシ トウバニモ ユリヲタムケテ スギムトゾスル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.167
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (11)


00426
單調にくりかへさるる獅子舞の笛の音も旅の心には沁む
タンチョウニ クリカヘサルル シシマイノ フエノネモタビノ ココロニハシム

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.167
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (10)


00427
崩れたる古墳をめぐれる濠のあと白鷺幾羽下りてまた翔ぶ
クズレタル コフンヲメグレル ホリノアト シラサギイクハ オリテマタトブ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.167
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (13)


00428
風にとぎれて讃美歌の流れくる窓よ丘の裾より霧は霽れゆく
カゼニトギレテ サンビカノナガレ クルマドヨ オカノスソヨリ キリハハレユク

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.168
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (14)


00429
歸るべき家のなきごと虚しかり遠くまたたく街のほかげよ
カエルベキ イエノナキゴト ムナシカリ トオクマタタク マチノホカゲヨ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.168
【初出】 『朱扇』 1951.9 旅のあとさき (15)