早春


00437
餠草も摘みて待つとふ母の手紙給料日すぎて歸らむと思ふ
モチグサモ ツミテマツトフ ハハノテガミ キュウリョウビスギテ カエラムトオモフ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.172
【初出】 『朱扇』 1951.6 麥若葉 (1)


00438
雨季來ればたちまち水漬く河原さへ人は耕し種子蒔くらしも
ウキクレバ タチマチミズク カワラサヘ ヒトハタガヤシ タネマクラシモ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.172
【初出】 『朱扇』 1951.6 麥若葉 (2)


00439
下草の靑みそめたる野をゆきてむなしく何にすがらむとする
シタクサノ アオミソメタル ノヲユキテ ムナシクナニニ スガラムトスル

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.173
【初出】 『朱扇』 1952.3 狭山紀行 (9)


00440
誤解とけぬままに別れし夜の街粉雪は肩にしみて消えつつ
ゴカイトケヌ ママニワカレシ ヨルノマチ コユキハカタニ シミテキエツツ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.173
【初出】 『朱扇』 1951.2 春遠し (8)


00441
眞實はとほらぬ筈なしと主張する妹の若さを時に危ぶむ
シンジツハ トホラヌハズナシト シュチョウスル イモウトノワカサヲ トキニアヤブム

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.173
【初出】 『朱扇』 1952.5 職場 (5)


00442
告白されし愛に惱むことも未だなき汝か言葉短かく語りたるのみ
コクハクサレシ アイニナヤムコトモ イマダナキ ナカコトバミジカク カタリタルノミ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.174
【初出】 『朱扇』 1952.5 職場 (7)


00443
人はみな寂しきものと知らむとす狹量に怒り易かりし妹も
ヒトハミナ サビシキモノト シラムトス キョウリョウニイカリ ヤスカリシイモウトモ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.174
【初出】 『朱扇』 1952.5 職場 (6)


00444
降りやみて高き梢よりしづれ初む暫らくの間をひとりありたき
フリヤミテ タカキコズエヨリ シヅレソム シバラクノマヲ ヒトリアリタキ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.174
【初出】 『朱扇』 1952.5 職場 (9)


00445
現實のいとなみはなべて虚しきか松のしづれの夜半まで續く
ゲンジツノ イトナミハナベテ ムナシキカ マツノシヅレノ ヨワマデツヅク

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.175
【初出】 『朱扇』 1952.5 職場 (11)


00446
獨り身も三十すぎし友がふと呪詛ともひびく言葉を洩らす
ヒトリミモ サンジュウスギシ トモガフト ジュソトモヒビク コトバヲモラス

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.175
【初出】 『朱扇』 1950.6 世相 (3)


00447
涙ためて語るこの友も孤獨にて戰ひの後を苦しめるらし
ナミダタメテ カタルコノトモモ コドクニテ タタカヒノアトヲ クルシメルラシ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.175
【初出】 『朱扇』 1950.6 世相 (1)


00448
涙脆くなりし人妻のわれに向き黨に依れる友はどこか圖太し
ナミダモロク ナリシヒトヅマノ ワレニムキ トウニヨレルトモハ ドコカズブトシ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.176
【初出】 『朱扇』 1950.6 世相 (2)


00449
モスコーを樂園の如く言ふ君の耀ける眼に惹かる時の間
モスコーヲ ラクエンノゴトク イフキミノ カガヤケルメニ ヒカルトキノマ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.176
【初出】 『朱扇』 1950.6 世相 (4)


00450
獨り身もすがしと言ひゐしが涙に濡れたる顏を直して歸りゆきたり
ヒトリミモ スガシトイヒヰシガ ナミダニヌレタル カオヲナオシテ カエリユキタリ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.176
【初出】 『形成』 1954.1 周辺 (12)