奈良回顧


00455
たそがれの湖を愛すと彼は告げき秘かに戀はれてゐしにあらずや
タソガレノ ウミヲアイスト カレハツゲキ ヒソカニコハレテ ヰシニアラズヤ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.179
【初出】 『朱扇』 1950.7 奈良回顧 (1)


00456
水底の藻屑とふ語にも憧れき死は美しと思ひゐし日々
ミナソコノ モクズトフゴニモ アコガレキ シハウツクシト オモヒヰシヒビ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.179
【初出】 『朱扇』 1950.7 奈良回顧 (2)


00457
佛像は信仰よりも美の對象と言へる若き畫家をわれは憎みき
ブツゾウハ シンコウヨリモ ビノタイショウト イヘルワカキガカヲ ワレハニクミキ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.180
【初出】 『朱扇』 1950.7 奈良回顧 (4)


00458
志賀直哉の邸のあたり薄深くときをりピアノの音の洩れてゐつ
シガナオヤノ ヤシキノアタリ ススキフカク トキヲリピアノノ ネノモレテヰツ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.180
【初出】 『朱扇』 1950.7 奈良回顧 (5)


00459
鹿の鳴く秋は寂しく遺書めける手記をしきりに書きてゐたりき
シカノナク アキハサビシク イショメケル シュキヲシキリニ カキテヰタリキ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.180
【初出】 『朱扇』 1950.7 奈良回顧 (3)


00460
ピアノ彈きて一生を淸く送らむと少女のわれを占めてゐし夢
ピアノヒキテ イッショウヲキヨク オクラムト オトメノワレヲ シメテヰシユメ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.181
【初出】 『朱扇』 1951.4 夢 (1)


00461
ピアニストたらむとしたる日も遠く今荒れし手を見つつ歎かふ
ピアニスト タラムトシタル ヒモトオク イマアレシテヲ ミツツナゲカフ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.181
【初出】 『朱扇』 1951.4 夢 (2)


00462
ショパンのワルツ彈き終へて拍手浴びし日よ今はなき笑顏もわれはしたらむ
ショパンノワメツ ヒキオヘテハクシュ アビシヒヨ イマハナキエガオモ ワレハシタラム

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.181
【初出】 『朱扇』 1951.4 夢 (3)


00463
そらんじてゐし花言葉つぎつぎに置き忘れ來し月日と思ふ
ソランジテ ヰシハナコトバ ツギツギニ オキワスレキシ ツキヒトオモフ

『まぼろしの椅子』(新典書房 1956) p.182
【初出】 『朱扇』 1951.4 夢 (4)