矢車の空


00915
桐の花咲く野となりて携ふる母亡きことを互に言はず
キリノハナ サクノトナリテ タズサフル ハハナキコトヲ カタミニイハズ

『不文の掟』(四季書房 1960) p.175
【初出】 『形成』 1960.6 矢車の空 (1)


00916
立ち直りゆき得ぬわれと思はねどしんしんと冴えて黄の杜若
タチナオリ ユキエヌワレト オモハネド シンシントサエテ キノカキツバタ

『不文の掟』(四季書房 1960) p.175
【初出】 『形成』 1960.6 矢車の空 (2)


00917
苛立てるさまに立ち来て病める母を寂しがらせし夜を忘れ得ず
イラダテル サマニタチキテ ヤメルハハヲ サビシガラセシ ヨヲワスレエズ

『不文の掟』(四季書房 1960) p.176
【初出】 『形成』 1960.6 矢車の空 (3)


00918
卓効を信じて母は嚥みゐしか散薬の残り袋ごと燃す
タクコウヲ シンジテハハハ ノミヰシカ サンヤクノノコリ フクロゴトモス

『不文の掟』(四季書房 1960) p.176
【初出】 『形成』 1960.10 香華 (5)


00919
きりもなくほつれゆきしは何の糸醒めしうつつに矢車が鳴る
キリモナク ホツレユキシハ ナンノイト サメシウツツニ ヤグルマガナル

『不文の掟』(四季書房 1960) p.176
【初出】 『形成』 1960.6 矢車の空 (7)


00920
裏腹の心見抜かれゐしわれかひとりとなりて眼帯はづす
ウラハラノ ココロミヌカレ ヰシワレカ ヒトリトナリテ ガンタイハヅス

『不文の掟』(四季書房 1960) p.177


00921
弱りたる視力と思ひ立ちゐるにプラカードも友らもぐんぐん近づく
ヨワリタル シリョクトオモヒ タチヰルニ プラカードモトモラモ グングンチカヅク

『不文の掟』(四季書房 1960) p.177
【初出】 『形成』 1959.1 初冬のころ (2)


00922
裂かれ来しコート繕ひやりながらわれになし得ることも少なし
サカレコシ コートツクロヒ ヤリナガラ ワレニナシウル コトモスクナシ

『不文の掟』(四季書房 1960) p.177