夏草


01059
短かかりし家妻の日々よみがへり菜漬けの石のぬめりを洗ふ
ミジカカリシ イエヅマノヒビ ヨミガヘリ ナヅケノイシノ ヌメリヲアラフ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.54
【初出】 『形成』 1962.9 返景 (1)


01060
遠き日に貸して返らぬ楽譜ゆゑ絆を今につなげるごとし
トオキヒニ カシテカエラヌ ガクフユヱ ホダシヲイマニ ツナゲルゴトシ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.54
【初出】 『形成』 1962.9 返景 (2)


01061
鋼材の錆びどめ匂ふ闇を行き身より脱け出てひらめく言葉
コウザイノ サビドメニオフ ヤミヲユキ ミヨリヌケデテ ヒラメクコトバ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.55
【初出】 『形成』 1962.9 返景 (4)


01062
顔よりも大き向日葵咲きゐたる背景のみが夜々還り来る
カオヨリモ オオキヒマワリ サキヰタル ハイケイノミガ ヨヨカエリクル

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.55
【初出】 『形成』 1962.9 返景 (3)


01063
結びめのゆるむ包みを持ち直しまたゆられゆく雨夜のバスに
ムスビメノ ユルムツツミヲ モチナオシ マタユラレユク アマヨノバスニ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.55
【初出】 『形成』 1962.6 瑣事 (2)


01064
内実にそぐはぬ顔を持ち歩く朴あれば朴の花仰ぎつつ
ナイジツニ ソグハヌカオヲ モチアルク ホオアレバホオノ ハナアオギツツ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.56
【初出】 『形成』 1962.8 遅日 (1)


01065
眼先に聾啞の母子の指話つづき血縁のふと羨しきごとし
マナサキニ ロウアノボシノ シワツヅキ ケツエンノフト トモシキゴトシ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.56
【初出】 『形成』 1962.8 遅日 (5)


01066
移るともなく移りゆく船が見え償ひを待つことにも倦みぬ
ウツルトモ ナクウツリユク フネガミエ ツグナヒヲマツ コトニモウミヌ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.56
【初出】 『形成』 1962.8 遅日 (7)


01067
きれぎれに耳鳴り襲ふ夕つ方白靴よごれわが帰りゆく
キレギレニ ミミナリオソフ ユウツカタ シロクツヨゴレ ワガカエリユク

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.57
【初出】 『形成』 1962.10 路上抄 (6)


01068
女にてつひに敗るる日もあらむ香水の瓶幾つも溜めて
オンナニテ ツヒニヤブルル ヒモアラム コウスイノビン イクツモタメテ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.57
【初出】 『形成』 1962.8 遅日 (4)


01069
抜き切れぬ庭の夏草雨の夜をしんしんとまた繁りあふ音
ヌキキレヌ ニワノナツクサ アメノヨヲ シンシントマタ シゲリアフオト

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.57
【初出】 『形成』 1962.9 返景 (7)