過ぎしよろこび


01310
ほほづきの色づきそめし草むらを教へてやらむ少女もをらず
ホホヅキノ イロヅキソメシ クサムラヲ オシヘテヤラム オトメモヲラズ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.149
【初出】 『彩』 1965.6 水明かり (1)


01311
音もなくぶつかりあへる蝶のさまかの日も茜美しかりき
オトモナク ブツカリアヘル チョウノサマ カノヒモアカネ ウツクシカリキ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.149
【初出】 『彩』 1965.6 水明かり (3)


01312
爪先の痛みに吊られ歩みゐて灰いろの蛾となることなきや
ツマサキノ イタミニツラレ アユミヰテ ハイイロノガト ナルコトナキヤ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.150
【初出】 『彩』 1965.6 水明かり (4)


01313
雁が音を聴きて怯みしこころなど知られずに来てバスを待ちあふ
カリガネヲ キキテヒルミシ ココロナド シラレズニキテ バスヲマチアフ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.150
【初出】 『彩』 1965.6 水明かり (6)


01314
どこまでも火の見の影が伸びてゆきそのまま暮れてしまふ街なり
ドコマデモ ヒノミノカゲガ ノビテユキ ソノママクレテ シマフマチナリ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.150
【初出】 『彩』 1965.6 水明かり (7)


01315
つなぐべき絆ならねどわが縫ひし護符など早く失ひたらむ
ツナグベキ ホダシナラネド ワガヌヒシ ゴフナドハヤク ウシナヒタラム

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.151
【初出】 『形成』 1965.4 「無題」 (4)


01316
投げ入れし紙片は風を呼びて燃ゆ束の間に過ぎしよろこびに似つ
ナゲイレシ シヘンハカゼヲ ヨビテモユ ツカノマニスギシ ヨロコビニニツ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.151
【初出】 『彩』 1965.6 水明かり (8)


01317
水仕事終へし手熱き夜が来て指環抜かれし痕なまぐさし
ミズシゴト オヘシテアツキ ヨルガキテ ユビワヌカレシ アトナマグサシ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.151
【初出】 『彩』 1965.6 水明かり (9)


01318
骨格のどこかゆがむと見て来し絵かの馬などが夜々に殖えゆく
コッカクノ ドコカユガムト ミテコシエ カノウマナドガ ヨヨニフエユク

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.152
【初出】 『形成』 1965.4 「無題」 (6)


01319
さそり座の星の一つが冴ゆるとふ南国の夜も寂しかるべし
サソリザノ ホシノヒトツガ サユルトフ ナンゴクノヨモ サビシカルベシ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.152
【初出】 『彩』 1965.6 水明かり (11)


01320
遠き夜の記憶還りてまどろめば蛭のごときが蹠を吸ふ
トオキヨノ キオクカエリテ マドロメバ ヒルノゴトキガ アナウラヲスフ

『無数の耳』(短歌研究社 1966) p.152
【初出】 『彩』 1965.6 水明かり (12)