棉の花


01554
かりそめに着ける仕事になづさひて紅花の種子播く日近づく
カリソメニ ツケルシゴトニ ナヅサヒテ ベニバナノシュシ マクヒチカヅク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.13
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (7)


01555
嵐のあとの雲ゆるやかに流れゐて落ちし巣箱も片附けられぬ
アラシノアトノ クモユルヤカニ ナガレヰテ オチシスバコモ カタヅケラレヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.13
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (19)


01556
抜けがたき谷間を歩むごとき日に地縛といふ草の名も知る
ヌケガタキ タニマヲアユム ゴトキヒニ ヂシバリトイフ クサノナモシル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.14
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (33)


01557
太幹に黄の丸じるし書かれゐて樅の知らざる不安はきざす
フトミキニ キノマルジルシ カカレヰテ モミノシラザル フアンハキザス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.14
【初出】 『形成』 1966.5 「無題」 (3)


01558
遠き夜の記憶のなかに立ちそそる照明弾の下の樫の木
トオキヨノ キオクノナカニ タチソソル ショウメイダンノ モトノカシノキ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.14
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (10)


01559
何時となき心弱りにしまひおく錦の帯の色など思ふ
イツトナキ ココロヨワリニ シマヒオク ニシキノオビノ イロナドオモフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.15
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (25)


01560
棉の花しろじろと摘まれゐるものをわが名呼びつつ来む母は亡し
ワタノハナ シロジロトツマレ ヰルモノヲ ワガナヨビツツ コムハハハナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.15
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (45)


01561
見えぬ敵とはりあへるごとき日のゆふべ展覧会の切符来てゐる
ミエヌテキト ハリアヘルゴトキ ヒノユフベ テンランカイノ キップキテヰル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.15
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (61)


01562
とざされし記憶に人はいつの夜も海泡石のパイプ磨きて倦まず
トザサレシ キオクニヒトハ イツノヨモ メシヨンノパイプ ミガキテウマズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.16
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (75)


01563
見えぬ手に隔てられ来し年月に小さくたたみて持つ紙片あり
ミエヌテニ ヘダテラレコシ トシツキニ チサクタタミテ モツシヘンアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.16
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (37)


01564
きれぎれの音符のごとく還り来る言葉一つ一つ色彩を持つ
キレギレノ オンプノゴトク カエリクル コトバヒトツヒトツ シキサイヲモツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.16
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (14)


01565
ゆくりなく闇に光の輪が生まれ水位を測る人かげ動く
ユクリナク ヤミニヒカリノ ワガウマレ スイイヲハカル ヒトカゲウゴク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.17
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (63)


01566
対岸の木立のかなた風やめばすぐ隠されてしまふともしび
タイガンノ コダチノカナタ カゼヤメバ スグカクサレテ シマフトモシビ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.17
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (27)


01567
羊歯の葉にうづまく胞子見し日よりひしひしとわれの侵されてゆく
シダノハニ ウヅマクホウシ ミシヒヨリ ヒシヒシトワレノ オカサレテユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.17
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (87)