引き潮


01660
とめどなく売子木の花降る言葉より溺れてゆきしかの日のごとく
トメドナク エゴノハナフル コトバヨリ オボレテユキシ カノヒノゴトク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.52


01661
フラスコのかたちに青き霧を溜め何たくらみてゐし夢ならむ
フラスコノ カタチニアオキ キリヲタメ ナニタクラミテ ヰシユメナラム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.52


01662
崖下にしづまれる家日曜の今朝はたれかがゐて釘を打つ
ガケシタニ シヅマレルイエ ニチヨウノ ケサハタレカガ ヰテクギヲウツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.53
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (7)


01663
仔犬のためみづからのため透明の鉢にゆたかに水を張りおく
コイヌノタメ ミヅカラノタメ トウメイノ ハチニユタカニ ミズヲハリオク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.53
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (8)


01664
長命の手相もさびし新しき楽譜幾枚われに届きて
チョウメイノ テソウモサビシ アタラシキ ガクフイクマイ ワレニトドキテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.53
【初出】 『形成』 1967.3 「無題」 (1)


01665
沼見ゆる窓ぎはに立つをりふしに水の匂ひを嗅ぐことのあり
ヌマミユル マドギハニタツ ヲリフシニ ミズノニオヒヲ カグコトノアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.54
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (4)


01666
時の間のこころゆるびに傷つけし小指の先に血潮あつまる
トキノマノ ココロユルビニ キズツケシ コユビノサキニ チシオアツマル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.54
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (5)


01667
眼帯をはづしし視野に入り来ていつより黄ばむ梔子の花
ガンタイヲ ハヅシシシヤニ ハイリキテ イツヨリキバム クチナシノハナ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.54
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (6)


01668
占なひのあたる日ありて訪ね来し人の言葉をねんごろに聞く
ウラナヒノ アタルヒアリテ タズネコシ ヒトノコトバヲ ネンゴロニキク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.55
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (9)


01669
渡されし遺髪の信じがたきまま過ぎし二十年を今にして言ふ
ワタサレシ イハツノジンジ ガタキママ スギシハタトセヲ イマニシテイフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.55
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (86)


01670
足垂れて鈍色の烏賊売られゐついづこ行きても梅雨雲の下
アシタレテ ニビイロノイカ ウラレヰツ イヅコユキテモ ツユクモノシタ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.55
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (10)


01671
夕焼けがまぶしグアムに果てむとし何の光を最後に見しや
ユウヤケガ マブシグアムニ ハテムトシ ナンノヒカリヲ サイゴニミシヤ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.56
【初出】 『短歌』 1969.8 雲多き日々 (6)


01672
石を積む作業のつづく道のほとり焚き火の跡のしるく匂へり
イシヲツム サギョウノツヅク ミチノホトリ タキビノアトノ シルクニオヘリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.56
【初出】 『形成』 1967.3 「無題」 (6)


01673
たえまなく動かされゐる木馬見つ古りし木馬はをりをり憩ふ
タエマナク ウゴカサレヰル モクバミツ フリシモクバハ ヲリヲリイコフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.56
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (13)


01674
ポケットよりこなごなになれる枯れ葉出づ短く過ぎし逢ひと思ふに
ポケットヨリ コナゴナニナレル カレハイヅ ミジカクスギシ アヒトオモフニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.57
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (12)


01675
風巻きて荒れ野のごとき街の角陶のバナナをウインドウに置く
カゼマキテ アレノノゴトキ マチノカド タウノバナナヲ ウインドウニオク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.57


01676
ゆとりある仕事のごとく一つ一つ花輪ほぐしゆく少年のさま
ユトリアル シゴトノゴトク ヒトツヒトツ ハナワホグシユク ショウネンノサマ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.57
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (81)


01677
如何ならむ過去の苛みボンゴの音聞こえて眠れぬ夜のあるを言ふ
イカナラム カコノサイナミ ボンゴノネ キコエテネムレヌ ヨノアルヲイフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.58
【初出】 『形成』 1967.3 「無題」 (7)


01678
なまぬるく素足を洗ふ磯波にまたあてのなき思ひ差し来る
ナマヌルク スアシヲアラフ イソナミニ マタアテノナキ オモヒサシクル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.58
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (35)


01679
逆波の光れる海に日もすがら向きゐてわれは岩にもなれず
サカナミノ ヒカレルウミニ ヒモスガラ ムキヰテワレハ イワニモナレズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.58
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (37)


01680
つぶさなる敷闇は来よ引き潮にむきだしとなる岩のさびしさ
ツブサナル シキヤミハコヨ ヒキシオニ ムキダシトナル イワノサビシサ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.59


01681
水そそぐ音に夜すがらたゆたひて何のかたちにわれは固まる
ミズソソグ オトニヨスガラ タユタヒテ ナンノカタチニ ワレハカタマル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.59


01682
肩重き感じ残りてめざめつつ濡れたる旗のしたたりやまず
カタオモキ カンジノコリテ メザメツツ ヌレタルハタノ シタタリヤマズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.59