帰らぬ魚


01683
噴水に濡るる塑像をふり仰ぐするどき骨をわが身に持ちて
フンスイニ ヌルルソゾウヲ フリアオグ スルドキホネヲ ワガミニモチテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.60
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (1)


01684
うす青き切符一枚幼な子のレースの胸のポケットに見ゆ
ウスアオキ キップイチマイ オサナゴノ レースノムネノ ポケットニミユ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.60
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (2)


01685
雨のなかに花咲ける日は短くて合歓の葉末の早く衰ふ
アメノナカニ ハナサケルヒハ ミジカクテ ネムノハズエノ ハヤクオトロフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.61
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (3)


01686
降りしきる落ち葉のなかに人のゐて螺旋の階を白々と塗る
フリシキル オチバノナカニ ヒトノヰテ ラセンノカイヲ シロジロトヌル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.61
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (31)


01687
少年の鼓笛隊遠く野を行けり取り残さるる打楽器の音
ショウネンノ コテキタイトオク ノヲユケリ トリノコサルル ダガッキノオト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.61
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (32)


01688
あは雪を降らせてゐるはたれならむ声をひそめて人の行きかふ
アハユキヲ フラセテヰルハ タレナラム コエヲヒソメテ ヒトノユキカフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.62
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (33)


01689
日だまりにつなぐ仔犬をかまひゆく卵を売りに来るをとめらも
ヒダマリニ ツナグコイヌヲ カマヒユク タマゴヲウリニ クルヲトメラモ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.62
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (28)


01690
傘のなかに見知らぬわれの歩みゐる雨にまじりて木の実降る道
カサノナカニ ミシラヌワレノ アユミヰル アメニマジリテ コノミフルミチ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.62
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (29)


01691
方角を占はれゐる椅子の上まぶた閉ぢてもいづこも寒し
ホウガクヲ ウラナハレヰル イスノウエ マブタトヂテモ イヅコモサムシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.63
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (30)


01692
秋の夜の炭火匂ひて人の名を灰文字に書くかなしみも過ぐ
アキノヨノ スミビニオヒテ ヒトノナヲ ハイモジニカク カナシミモスグ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.63
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (25)


01693
ひとりでに鳴るオルガンも古りたらむ風の夜は思ふ山の校舎を
ヒトリデニ ナルオルガンモ フリタラム カゼノヨハオモフ ヤマノコウシャヲ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.63
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (26)


01694
山茶花の咲く日となりて傷つける青のインコも癒えてゆくらし
サザンカノ サクヒトナリテ キズツケル アオノインコモ イエテユクラシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.64
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (27)


01695
こだはりを持ち歩く身と気づきたりポケットの右手汗ばみてゆく
コダハリヲ モチアルクミト キヅキタリ ポケットノメテ アセバミテユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.64
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (22)


01696
硝煙の匂ひか遠くよみがへる枯れ葉を飾るほかなき空に
ショウエンノ ニオヒカトオク ヨミガヘル カレハヲカザル ホカナキソラニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.64
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (23)


01697
シリウスを仰ぎて来しが揺れやまぬ木々いつまでも眼裏に見ゆ
シリウスヲ アオギテコシガ ユレヤマヌ キギイツマデモ マナウラニミユ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.65
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (24)


01698
くたくたになりて目ざめぬ群衆のなかに一つの顔を探しゐき
クタクタニ ナリテメザメヌ グンシュウノ ナカニヒトツノ カオヲサガシヰキ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.65
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (19)


01699
顴骨の高くなりたるわれの顔鏡の奥にも雨は降りつつ
ホオボネノ タカクナリタル ワレノカオ カガミノオクニモ アメハフリツツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.65
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (20)


01700
とどまらぬ雲の流れを仰ぎゐて耳のうしろのさわだちやすし
トドマラヌ クモノナガレヲ アオギヰテ ミミノウシロノ サワダチヤスシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.66
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (21)


01701
何事か拒まむとしてバスのなかに次第に激しゆく指話のさま
ナニゴトカ コバマムトシテ バスノナカニ シダイニゲキシ ユクシワノサマ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.66
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (16)


01702
ぬかるみをよけし刹那につまづきて工事場のライトしたたかに浴ぶ
ヌカルミヲ ヨケシセツナニ ツマヅキテ コウジバノライト シタタカニアブ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.66
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (17)


01703
体温を計られて来て危ふきに水に沈めるスプーン輝く
タイオンヲ ハカラレテキテ アヤフキニ ミズニシズメル スプーンカガヤク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.67
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (18)


01704
耳鳴りの残るは寂しわが髪に黄蜂むらがる夢より醒めて
ミミナリノ ノコルハサビシ ワガカミニ キバチムラガル ユメヨリサメテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.67
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (15)


01705
キヌバリと呼ばるる魚のすきとほり何のけはひに身をひるがへす
キヌバリト ヨバルルウオノ スキトホリ ナンノケハヒニ ミヲヒルガヘス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.67
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (10)


01706
水槽の藻のあたりより暗くなる部屋と思ひて身じろがずゐる
スイソウノ モノアタリヨリ クラクナル ヘヤトオモヒテ ミジロガズヰル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.68
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (11)


01707
むらがりて岩をめぐれる魚のなか脱けて帰らぬ鮒などあるや
ムラガリテ イワヲメグレル ウオノナカ ヌケテカエラヌ フナナドアルヤ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.68
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (12)


01708
嗅覚の鋭くなりて野を行けり霧の向ふに牛の声湧く
キュウカクノ スルドクナリテ ノヲユケリ キリノムコフニ ウシノコエワク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.68
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (7)


01709
道に会ひ連れだちて帰る妹のいだく荷のなかセロリが匂ふ
ミチニアヒ ツレダチテカエル イモウトノ イダクニノナカ セロリガニオフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.69
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (8)


01710
雨にけむる海見ゆる窓色褪せし紙の桜をいつまでか吊る
アメニケムル ウミミユルマド イロアセシ カミノサクラヲ イツマデカツル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.69
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (9)


01711
花鋏探しに出でて地にかがみそのまま草を抜きはじめたり
ハナバサミ サガシニイデテ チニカガミ ソノママクサヲ ヌキハジメタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.69
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (4)


01712
幼な子と歩幅あはせてあゆむさま遠く見しより憎まずなりぬ
オサナゴト ホハバアハセテ アユムサマ トオクミシヨリ ニクマズナリヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.70
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (5)


01713
四方より乾きてはだらなす壁にまた降り出づる夜の雨の音
シホウヨリ カワキテハダラ ナスカベニ マタフリイヅル ヨノアメノオト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.70
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (22)


01714
眠られぬ夜々に思へばみづからの羽根抜きて紡ぐよろこびも無し
ネムラレヌ ヨヨニオモヘバ ミヅカラノ ハネヌキテツムグ ヨロコビモナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.70
【初出】 『短歌』 1967.1 帰らぬ魚 (6)