霧の湧く日


01715
谷津谷津に霧の湧く日と告げやらむ遠く灯ともすごとき一人に
ヤツヤツニ キリノワクヒト ツゲヤラム トオクヒトモス ゴトキヒトリニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.72
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (5)


01716
ひろげたる五指かざすとき遠のきて芽ぐむ梢のごとくうるほふ
ヒロゲタル ゴシカザストキ トオノキテ メグムコズエノ ゴトクウルホフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.72
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (21)


01717
たたなはる雲を抜きたるひとひらの次第に塔を離れてゆけり
タタナハル クモヲヌキタル ヒトヒラノ シダイニトウヲ ハナレテユケリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.73
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (8)


01718
鳴くこともあらず越えゆく沼の上鳥となりてもさびしきわれか
ナクコトモ アラズコエユク ヌマノウエ トリトナリテモ サビシキワレカ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.73
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (23)


01719
磯波の寄せては返し避けがたく蝕されてゐるわがどの部分
イソナミノ ヨセテハカエシ サケガタク オカサレテヰル ワガドノブブン

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.73
【初出】 『形成』 1968.3 「無題」 (5)


01720
あたたかき砂踏みゆけば幼ならのゑがく海にも春の来てゐる
アタタカキ スナフミユケバ オサナラノ ヱガクウミニモ ハルノキテヰル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.74
【初出】 『形成』 1968.5 「無題」 (5)


01721
ライターの焔吹き消しふたたびの闇にしきりに欲る言葉あり
ライターノ ホノオフキケシ フタタビノ ヤミニシキリニ ホルコトバアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.74


01722
白馬を駆けて出でゆくシーン見つ間なく討たれむ騎士と知りつつ
シロウマヲ カケテイデユク シーンミツ マナクウタレム キシトシリツツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.74


01723
癒え近き風邪と思ふに身じろぎて熱の匂ひをみづからに嗅ぐ
イエチカキ カゼトオモフニ ミジロギテ ネツノニオヒヲ ミヅカラニカグ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.75
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (4)


01724
窓あけて熊蜂をにがしやりしあと砂礫のごとき言葉のみ湧く
マドアケテ クマバチヲニガシ ヤリシアト サレキノゴトキ コトバノミワク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.75
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (44)


01725
いつよりか工事場の灯にまみれつつ見慣れぬ影をなす一樹あり
イツヨリカ コウジバノヒニ マミレツツ ミナレヌカゲヲ ナスイチジュアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.75
【初出】 『形成』 1967.2 「無題」 (6)


01726
対岸の暗き木の間にたれかゐてフニクリフニクラ口笛に吹く
タイガンノ クラキコノマニ タレカヰテ フニクリフニクラ クチブエニフク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.76
【初出】 『形成』 1967.1 「無題」 (3)


01727
のがれたき思ひに靴を探しゐる夢より醒めてもろく起き出づ
ノガレタキ オモヒニクツヲ サガシヰル ユメヨリサメテ モロクオキイヅ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.76
【初出】 『形成』 1968.12 「無題」 (4)


01728
あくる日の職場に問へど夜の更けに降りゐし雨を知れる人無し
アクルヒノ ショクバニトヘド ヨノフケニ フリヰシアメヲ シレルヒトナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.76