重き尾羽根


01729
眼帯をはづして見たる土の上うすばかげろふは今日も来てゐる
ガンタイヲ ハヅシテミタル ツチノウエ ウスバカゲロフハ キョウモキテヰル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.77


01730
風のなき日は稀にして橋脚の鉄の匂ひを今朝は嗅ぎゆく
カゼノナキ ヒハマレニシテ キョウキャクノ テツノニオヒヲ ケサハカギユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.77


01731
彫像の耳をつたひて来るごとく眼下ににぶき冬の潮鳴り
チョウゾウノ ミミヲツタヒテ クルゴトク ガンカニニブキ フユノシオナリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.78


01732
食細くなりたるインコ近よれば尾羽根の重き感じにて飛ぶ
ショクホソク ナリタルインコ チカヨレバ オバネノオモキ カンジニテトブ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.78


01733
消しゴムを探さむとして薬莢を探すごとくに遠ざかりゆく
ケシゴムヲ サガサムトシテ ヤッキョウヲ サガスゴトクニ トオザカリユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.78


01734
事務室にわれのみとなる時ありて机の上の茶の花を嗅ぐ
ジムシツニ ワレノミトナル トキアリテ ツクエノウエノ チャノハナヲカグ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.79
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (86)


01735
思はざる悔やしみ湧きて開きたる五指をとりまく空間寒し
オモハザル クヤシミワキテ ヒラキタル ゴシヲトリマク クウカンサムシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.79
【初出】 『形成』 1967.4 「無題」 (4)


01736
音荒く椅子たたみ人ら出でゆけり黒板の文字を一つづつ消す
オトアラク イスタタミヒトラ イデユケリ コクバンノモジヲ ヒトツヅツケス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.79
【初出】 『形成』 1967.1 「無題」 (1)


01737
ポケットの眼鏡を人の探る間にいくばくのゆとりわれに生まれぬ
ポケットノ メガネヲヒトノ サグルマニ イクバクノユトリ ワレニウマレヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.80
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (42)


01738
数などに好悪持つ身を寂しみてグラフの数字塗りつぶしゆく
カズナドニ カウヲモツミヲ サビシミテ グラフノスウジ ヌリツブシユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.80
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (87)


01739
石牢の壁のごとくにつめたしととらはれ易き心つぶやく
イシロウノ カベノゴトクニ ツメタシト トラハレヤスキ ココロツブヤク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.80
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (68)


01740
新しき町の名を人は記しをり家畜の臭ひ残れる貨車に
アタラシキ マチノナヲヒトハ シルシヲリ カチクノニオヒ ノコレルカシャニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.81
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (71)


01741
ふるさとの記憶を呼べばいつの夜も蛹煮る香のよみがへり来る
フルサトノ キオクヲヨベバ イツノヨモ サナギニルカノ ヨミガヘリクル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.81
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (75)


01742
亡き父のマントの裾にかくまはれ歩みきいつの雪の夜ならむ
ナキチチノ マントノスソニ カクマハレ アユミキイツノ ユキノヨナラム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.81
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (74)


01743
ゆるやかに皿の沈みし水の上白きわが手を映し始めむ
ユルヤカニ サラノシズミシ ミズノウエ シロキワガテヲ ウツシハジメム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.82


01744
フィルターの黄の円形を移しつつ鳩のうごきをいつまでも追ふ
フィルターノ キノエンケイヲ ウツシツツ ハトノウゴキヲ イツマデモオフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.82
【初出】 『形成』 1970.3 「無題」 (1)


01745
口ほてる注射され来て癒えたしとはやる思ひもいつしか薄し
クチホテル チュウシャサレキテ イエタシト ハヤルオモヒモ イツシカウスシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.82
【初出】 『形成』 1970.10 「無題」 (2)