酸ゆき言葉


01746
体より心を病むとみづからに知りつつ雨の日も注射にかよふ
カラダヨリ ココロヲヤムト ミヅカラニ シリツツアメノヒモ チュウシャニカヨフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.83
【初出】 『形成』 1968.10 「無題」 (1)


01747
塩はゆきものを食みたき願ひなど眠らむとしてきざすさびしさ
シオハユキ モノヲハミタキ ネガヒナド ネムラムトシテ キザスサビシサ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.83
【初出】 『形成』 1968.10 「無題」 (2)


01748
止むとなき雨の時をりかがやきてさ走るさまも見つつ歩めり
ヤムトナキ アメノトキヲリ カガヤキテ サバシルサマモ ミツツアユメリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.84


01749
からすうりの花ほのじろく垂るる森たれに会ふともなくて抜け来ぬ
カラスウリノ ハナホノジロク タルルモリ タレニアフトモ ナクテヌケキヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.84


01750
香木の幾ひら酸ゆき言葉などとりとめもなく欲りつつ眠る
コウボクノ イクヒラスユキ コトバナド トリトメモナク ホリツツネムル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.84


01751
白粥の上に張りたる膜の上かすかに湯気の廻りてうごく
シラカユノ ウエニハリタル マクノウエ カスカニユゲノ マワリテウゴク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.85
【初出】 『形成』 1968.10 「無題」 (3)


01752
風の夜の浅き眠りに揺れ出でて呪文のごとき韓国の文字
カゼノヨノ アサキネムリニ ユレイデテ ジュモンノゴトキ カンコクノモジ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.85
【初出】 『形成』 1968.5 「無題」 (2)


01753
葦の間をゆるく流れて大雨のあとの芥をいづこへはこぶ
アシノマヲ ユルクナガレテ オオアメノ アトノアクタヲ イヅコヘハコブ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.85
【初出】 『形成』 1968.11 「無題」 (7)


01754
いらだちのいつかうすらぎしなやかにリボンを結ぶ指を見てゐつ
イラダチノ イツカウスラギ シナヤカニ リボンヲムスブ ユビヲミテヰツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.86
【初出】 『形成』 1968.4 「無題」 (1)


01755
長雨にべにばなも摘まず終りたり瞼を押せば涙出で来る
ナガアメニ ベニバナモツマズ オワリタリ マブタヲオセバ ナミダイデクル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.86
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (35)


01756
くちびるを読まれてゐたるあやまちに唖の少女をながく忘れず
クチビルヲ ヨマレテヰタル アヤマチニ オシノショウジョヲ ナガクワスレズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.86


01757
漆黒の喪の帯にふと浮き出づる波の模様を見つつつきゆく
シッコクノ モノオビニフト ウキイヅル ナミノモヨウヲ ミツツツキユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.87
【初出】 『形成』 1968.11 「無題」 (3)


01758
無頼なる思ひかきざす透きとほる袋のなかにセロリの白さ
ブライナル オモヒカキザス スキトホル フクロノナカニ セロリノシロサ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.87


01759
ものなべて影にまみれてゆく時刻葛は音なく葉裏をかへす
モノナベテ カゲニマミレテ ユクジコク クズハオトナク ハウラヲカヘス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.87
【初出】 『形成』 1969.2 「無題」 (4)


01760
身動きのならぬ日あるをうとみつつわれを支へて数知れぬ糸
ミウゴキノ ナラヌヒアルヲ ウトミツツ ワレヲササヘテ カズシレヌイト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.88
【初出】 『形成』 1968.11 「無題」 (6)


01761
金銀の箔の錆びたる帯重し鋏の先をきかせてほどく
キンギンノ ハクノサビタル オビオモシ ハサミノサキヲ キカセテホドク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.88
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (26)


01762
こまごまと花をつづれる黐の垣赤の葵はぬきん出て咲く
コマゴマト ハナヲツヅレル モチノカキ アカノアオイハ ヌキンデテサク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.88
【初出】 『形成』 1968.10 「無題」 (6)


01763
表情のうすき人らがあつまりて土葬のあとを花もて蔽ふ
ヒョウジョウノ ウスキヒトラガ アツマリテ ドソウノアトヲ ハナモテオオフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.89
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (32)


01764
後肢を曳く感じにて歩みゐし牛と思へどふり向かず行く
アトアシヲ ヒクカンジニテ アユミヰシ ウシトオモヘド フリムカズユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.89
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (34)


01765
幾つものレンズかさねて見る如きときめきの身をしばしば襲ふ
イクツモノ レンズカサネテ ミルゴトキ トキメキノミヲ シバシバオソフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.89
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (38)


01766
車窓より見ゆるプールに色彩の溢れて音を聞かぬまま過ぐ
シャソウヨリ ミユルプールニ シキサイノ アフレテオトヲ キカヌママスグ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.90
【初出】 『形成』 1966.10 「無題」 (2)


01767
出で入りのはげしくなれるドアが見ゆ次第に何の迫らむとして
イデイリノ ハゲシクナレル ドアガミユ シダイニナンノ セマラムトシテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.90
【初出】 『形成』 1968.3 「無題」 (1)


01768
医師の手にゴムの歯型を残し来てまぎれもあらぬ夜のわが顔
イシノテニ ゴムノハガタヲ ノコシキテ マギレモアラヌ ヨルノワガカオ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.90
【初出】 『形成』 1967.9 「無題」 (5)