灰の降る夜


01769
ひとすぢの金属音を曳くごとし翅持つ種子の空を過ぎゆく
ヒトスヂノ キンゾクオンヲ ヒクゴトシ ハネモツシュシノ ソラヲスギユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.91
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (59)


01770
癒えがたき人と知るゆゑ再会をうながす言葉幾たびも言ふ
イエガタキ ヒトトシルユヱ サイカイヲ ウナガスコトバ イクタビモイフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.91


01771
道標のいづへ指すともなく朽ちて褪せし山々かさなりあへり
ドウヒョウノ イヅヘサストモ ナククチテ アセシヤマヤマ カサナリアヘリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.92
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (27)


01772
いけにへも運べるならむ谷深く一枚岩の橋を渡して
イケニヘモ ハコベルナラム タニフカク イチマイイワノ ハシヲワタシテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.92
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (28)


01773
消えやらぬ地響きのなか切り口のたちまち濡れてゆく幹を見つ
キエヤラヌ ジヒビキノナカ キリクチノ タチマチヌレテ ユクミキヲミツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.92
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (40)


01774
対岸に終業ベル鳴る工場あり髪吹かれつつ橋を渡りゆく
タイガンニ シュウギョウベルナル コウバアリ カミフカレツツ ハシヲワタリユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.93
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (41)


01775
僥倖をたのまむとせるときのまに紙のコップは踏みつけられぬ
ギョウコウヲ タノマムトセル トキノマニ カミノコップハ フミツケラレヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.93
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (49)


01776
背面のガラスに映りブロンズの脹脛あをく輝きゐたり
ハイメンノ ガラスニウツリ ブロンズノ フクラハギアヲク カガヤキヰタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.93
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (47)


01777
いづこよりいづこへ帰る皆大き紙の袋のうつろを提げて
イヅコヨリ イヅコヘカエル ミナオオキ カミノフクロノ ウツロヲサゲテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.94


01778
いくばくの傾斜かありて流れたりコンクリートの床に降る雨
イクバクノ ケイシャカアリテ ナガレタリ コンクリートノ ユカニフルアメ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.94
【初出】 『形成』 1968.11 「無題」 (4)


01779
靴箆を踵に入れし時の間に会ひたる悔いの身にひろがりぬ
クツベラヲ カカトニイレシ トキノマニ アヒタルクイノ ミニヒロガリヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.94
【初出】 『形成』 1968.5 「無題」 (6)


01780
抽象の強きかたちに描かれゐし花ら眠りのなかに揉みあふ
チュウショウノ ツヨキカタチニ カカレヰシ ハナラネムリノ ナカニモミアフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.95


01781
ランプもて夜々にみとるといふ便り大き仔牛のあまた生まれよ
ランプモテ ヨヨニミトルト イフタヨリ オオキコウシノ アマタウマレヨ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.95


01782
日のくれに帰れる犬の身顫ひて遠き沙漠の砂撒き散らす
ヒノクレニ カエレルイヌノ ミブルヒテ トオキサバクノ スナマキチラス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.95
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (55)


01783
手裏剣のごときが闇にひらめくと疲れはきざす左の目より
シュリケンノ ゴトキガヤミニ ヒラメクト ツカレハキザス ヒダリノメヨリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.96


01784
洗ひたる髪を垂らしていづくにか灰の降る夜を遠く眠りぬ
アラヒタル カミヲタラシテ イヅクニカ ハイノフルヨヲ トオクネムリヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.96
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (63)


01785
墨刑の痕消しがたき二の腕をもちてけざむく醒むるならずや
ボクケイノ アトケシガタキ ニノウデヲ モチテケザムク サムルナラズヤ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.96