いづこも遠し


01786
靄ふかくなりたる木の間人のゐぬ車のなかのラヂオが歌ふ
モヤフカク ナリタルコノマ ヒトノヰヌ クルマノナカノ ラヂオガウタフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.97
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (2)


01787
影のみとなれる鷗ら飛び交へりずり落ちてゆく海の夕陽に
カゲノミト ナレルカモメラ トビカヘリ ズリオチテユク ウミノユウヒニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.97
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (1)


01788
底深くつながりてゐる島々かつぎつぎに潮に呑まれてしまふ
ソコフカク ツナガリテヰル シマジマカ ツギツギニシオニ ノマレテシマフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.98
【初出】 『形成』 1968.4 「無題」 (7)


01789
かさかさと鳴る藁の束町の灯も駅も隠れてしまふまで積む
カサカサト ナルワラノタバ マチノヒモ エキモカクレテ シマフマデツム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.98
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (9)


01790
たなそこに溜まれる闇の濃くなりて針の先のみ輝き始む
タナソコニ タマレルヤミノ コクナリテ ハリノサキノミ カガヤキハジム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.98
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (10)


01791
坐りゐる木椅子の背より冷えて来てかすかに窓にきざす夕映え
スワリヰル キイスノセヨリ ヒエテキテ カスカニマドニ キザスユウバエ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.99
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (18)


01792
何に使ふ桶か小さく湧き水にころがしながら人の洗へり
ナニニツカフ オケカチイサク ワキミズニ コロガシナガラ ヒトノアラヘリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.99
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (19)


01793
石飛ばしゆくバイクあり古びたる顔を廻してわが立ちどまる
イシトバシ ユクバイクアリ フルビタル カオヲマワシテ ワガタチドマル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.99
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (20)


01794
登山用の鉈を人は買ひ爪切りの小さき一つをわれの購ふ
トザンヨウノ ナタヲヒトハカヒ ツメキリノ チイサキヒトツヲ ワレノアガナフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.100
【初出】 『形成』 1968.4 「無題」 (2)


01795
フラメンコの踊り子らしき少女らの過ぎてふたたび落ち葉降る坂
フラメンコノ オドリコラシキ ショウジョラノ スギテフタタビ オチバフルサカ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.100
【初出】 『形成』 1968.1 「無題」 (4)


01796
胸もとに梢の影の落ちて来て目を病むことの不意にさびしき
ムナモトニ コズ゛エノカゲノ オチテキテ メヲヤムコトノ フイニサビシキ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.100
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (3)


01797
葬列の短く過ぎて藁塚の藁の匂ひのたつこともなし
ソウレツノ ミジカクスギテ ワラツカノ ワラノニオヒノ タツコトモナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.101
【初出】 『形成』 1968.10 「無題」 (5)


01798
新しき叙勲の文字を彫り足して兵士の墓を今も野に置く
アタラシキ ジョクンノモジヲ ホリタシテ ヘイシノハカヲ イマモノニオク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.101
【初出】 『形成』 1968.10 「無題」 (7)


01799
人を刺すことなかりしやペン軸の無数の傷を見つつ思へば
ヒトヲサス コトナカリシヤ ペンジクノ ムスウノキズヲ ミツツオモヘバ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.101
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (103)


01800
会ひがたき人の名を新聞に読める朝の遠く虹立つごときさびしさ
アヒガタキ ヒトノナヲシンブンニ ヨメルアサノ トオクニジタツ ゴトキサビシサ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.102
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (16)


01801
新しき絨毯が放つ毛の匂ひ待つことの多き仕事と思ふ
アタラシキ ジュウタンガハナツ ケノニオヒ マツコトノオオキ シゴトトオモフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.102
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (17)


01802
ゆらめきて紙などの泳ぐ夢のなかどのあたりまでわれは行きしや
ユラメキテ カミナドノオヨグ ユメノナカ ドノアタリマデ ワレハユキシヤ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.102
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (14)


01803
かたはらに何時よりか置きゆすぶらぬ限りしづけきモザイクの箱
カタハラニ イツヨリカオキ ユスブラヌ カギリシヅケキ モザイクノハコ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.103


01804
黒百合の香りいつまで嗅ぎてゐて思へることのおぞましき日よ
クロユリノ カオリイツマデ カギテヰテ オモヘルコトノ オゾマシキヒヨ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.103
【初出】 『短歌新聞』 1969.1 明日読む本 (2)


01805
海一つ越えたるごとき目ざめあれ明日読む本を枕べに置く
ウミヒトツ コエタルゴトキ メザメアレ アスヨムホンヲ クマラベニオク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.103


01806
廊下ゆくをりをりにして足音をたてぬ歩みを人もうとまむ
ロウカユク ヲリヲリニシテ アシオトヲ タテヌアユミヲ ヒトモウトマム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.104
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (28)


01807
事務室のガラス拭かれてゐながらに見ゆる枯れ野のまぶしくなりぬ
ジムシツノ ガラスフカレテ ヰナガラニ ミユルカレノノ マブシクナリヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.104
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (29)


01808
虹の線雲の切れめに光りゐて行かむと思ふいづこも遠し
ニジノセン クモノキレメニ ヒカリヰテ ユカムトオモフ イヅコモトオシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.104
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (30)