雨の奥より


01826
散りしける欅の落ち葉いまひと夜かさねむことのありて踏みゆく
チリシケル ケヤキノオチバ イマヒトヨ カサネムコトノ アリテフミユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.112
【初出】 『短歌』 1969.1 雨の奥より (1)


01827
何ほどのことに急ぎて石階をななめにくだりゆくわれの影
ナニホドノ コトニイソギテ セッカイヲ ナナメニクダリ ユクワレノカゲ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.112
【初出】 『短歌』 1969.1 雨の奥より (2)


01828
まなうらをすべり抜けたる蛇のいろあざやかにしてふたたびは見ず
マナウラヲ スベリヌケタル ヘビノイロ アザヤカニシテ フタタビハミズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.113
【初出】 『形成』 1969.10 「無題」 (1)


01829
降りやまぬ雨の奥よりよみがへり挙手の礼などなすにあらずや
フリヤマヌ アメノオクヨリ ヨミガヘリ キョシュノレイナド ナスニアラズヤ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.113
【初出】 『短歌』 1969.1 雨の奥より (3)


01830
つながらぬ芝生の隙の寒き日かかき集めゆく竹の落ち葉を
ツナガラヌ シバフノスキノ サムキヒカ カキアツメユク タケノオチバヲ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.113
【初出】 『短歌』 1969.1 雨の奥より (4)


01831
スノー・ドロップの花のみ土に暮れ残り死にたる人はいづこを歩む
スノー・ドロップノ ハナノミツチニ クレノコリ シニタルヒトハ イヅコヲアユム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.114
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (29)


01832
工事場のかたはら過ぎて声高になりゐたる身を引き戻しゆく
コウジバノ カタハラスギテ コワダカニ ナリヰタルミヲ ヒキモドシユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.114
【初出】 『形成』 1969.2 「無題」 (1)


01833
松葉杖を人の置きたる音寒く発車に間あるバスに坐れり
マツバヅエヲ ヒトノオキタル オトサムク ハッシャニマアル バスニスワレリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.114
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (22)


01834
姉妹にて分ち持つ鍵緋の房をつけし一つは妹が持つ
シマイニテ ワカチモツカギ ヒノフサヲ ツケシヒトツハ イモウトガモツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.115
【初出】 『短歌』 1969.1 雨の奥より (5)


01835
手鏡のとらへし梢明るくて雨に触れあふ山茶花の白
テカガミノ トラヘシコズエ アカルクテ アメニフレアフ サザンカノシロ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.115
【初出】 『短歌』 1969.1 雨の奥より (6)


01836
空ふかく菌糸のやうな雲が湧き知らざることを身に殖やしゆく
ソラフカク キンシノヤウナ クモガワキ シラザルコトヲ ミニフヤシユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.115
【初出】 『短歌』 1969.1 雨の奥より (8)


01837
花びらをたたむ如くにカナリヤのむくろを包む白きガーゼに
ハナビラヲ タタムゴトクニ カナリヤノ ムクロヲツツム シロキガーゼニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.116
【初出】 『形成』 1968.3 「無題」 (2)


01838
人の手を借りねば癒えぬすべなさに疼く腕を吊りつつ通ふ
ヒトノテヲ カリネバイエヌ スベナサニ ウズクカヒナヲ ツリツツカヨフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.116
【初出】 『形成』 1968.3 「無題」 (3)


01839
枯れ芝に工具かがやき幼な子の小さき木椅子作れるを見つ
カレシバニ コウグカガヤキ オサナゴノ チイサキキイス ツクレルヲミツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.116
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (52)


01840
蠍を防ぐ呪文唱へてわがあればかすかにたれの爪をつむ音
サソリヲフセグ ジュモントナヘテ ワガアレバ カスカニタレノ ツメヲツムオト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.117
【初出】 『短歌』 1969.1 雨の奥より (7)


01841
あらかじめ笑ひの皺を頰に描くピエロと知りて歎かずなりぬ
アラカジメ ワラヒノシワヲ ホニエガク ピエロトシリテ ナゲカズナリヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.117


01842
含みたる錠剤の誘ふまどろみに色無き花火しきりにあがる
フクミタル ジョウザイノサソフ マドロミニ イロナキハナビ シキリニアガル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.117
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (30)