日を置きて


01880
さまざまの悪夢のごとき溶かしつつ流るる水に添ひて歩めり
サマザマノ アクムノゴトキ トカシツツ ナガルルミズニ ソヒテアユメリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.131
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (3)


01881
右の耳より左の耳に移りつついづことも無きタムタムの音
ミギノミミヨリ ヒダリノミミニ ウツリツツ イヅコトモナキ タムタムノオト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.131
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (8)


01882
轢かれさうになりたる犬の尾を垂れて急ぐともなく歩み去る見つ
ヒカレサウニ ナリタルイヌノ オヲタレテ イソグトモナク アユミサルミツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.132
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (7)


01883
夏草の茂りてかたち変りたる中州に低くよしきり飛べり
ナツクサノ シゲリテカタチ カワリタル ナカスニヒクク ヨシキリトベリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.132
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (6)


01884
ひなびたる名を羞しめど菊芋の丈高き黄はわが好む花
ヒナビタル ナヲハズカシメド キクイモノ タケタカキキハ ワガコノムハナ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.132
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (4)


01885
壁面の不意に近づき目の高さまるき額縁ありて揺れたり
ヘキメンノ フイニチカヅキ メノタカサ マルキガクブチ アリテユレタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.133
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (13)


01886
ひぐらしの声かぶさりて来るゆふべ人を憚ることにも倦みぬ
ヒグラシノ コエカブサリテ クルユフベ ヒトヲハバカル コトニモウミヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.133
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (2)


01887
日を置きて濁りの去りし湖に下駄は浮き靴は沈めりといふ
ヒヲオキテ ニゴリノサリシ ミズウミニ ゲタハウキクツハ シズメリトイフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.133
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (43)


01888
ふるさとの山家に残る老い一人浮子などを今も集めてゐむか
フルサトノ ヤマガニノコル オイヒトリ ウキナドヲイマモ アツメテヰムカ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.134
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (39)


01889
教へ子の一人二人と子をなしてわれに見えざるもののまぶしさ
オシヘゴノ ヒトリフタリト コヲナシテ ワレニミエザル モノノマブシサ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.134
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (51)


01890
よく廻るかざぐるま持つ幼な子を木蔭にしばし置きて語らふ
ヨクマワル カザグルマモツ オサナゴヲ コカゲニシバシ オキテカタラフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.134
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (19)


01891
クローバーのレイ編みし日もはろけきに襟にほくろを秘めゐたる母
クローバーノ レイアミシヒモ ハロケキニ エリニホクロヲ ヒメヰタルハハ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.135
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (20)


01892
縫ひものをしをれば時のたつ早し西のガラスの輝きそめぬ
ヌヒモノヲ シヲレバトキノ タツハヤシ ニシノガラスノ カガヤキソメヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.135
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (115)


01893
花咲けるうちに知りたき木々の名と仰ぎつつ森のほとりをかよふ
ハナサケル ウチニシリタキ キギノナト アオギツツモリノ ホトリヲカヨフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.135
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (21)


01894
退きて来しばかりなる年月の土のすきまを羊歯もて覆ふ
シリゾキテ コシバカリナル トシツキノ ツチノスキマヲ シダモテオオフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.136
【初出】 『現代短歌』 1969.11 カリフの言葉 (10)


01895
ひたむきに道をゆきつつパラソルの上はいかなる空とも知れず
ヒタムキニ ミチヲユキツツ パラソルノ ウエハイカナル ソラトモシレズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.136
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (19)


01896
年々に知るべ殖えつつつきつめて思はずなりぬ去りし人らを
ネンネンニ シルベフエツツ ツキツメテ オモハズナリヌ サリシヒトラヲ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.136


01897
庖丁を今日は砥がせて新しき家に慣れゆく妹のさま
ホウチョウヲ キョウハトガセテ アタラシキ イエニナレユク イモウトノサマ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.137
【初出】 『形成』 1969.4 「無題」 (7)


01898
夜の間にいかなる鳥は来て憩ふ黄の羽根槙に残しゆきたり
ヨルノマニ イカナルトリハ キテイコフ キノハネマキニ ノコシユキタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.137


01899
避けがたき結末としてつね思ふ雨に打たるる波止場の木椅子
サケガタキ ケツマツトシテ ツネオモフ アメニウタルル ハトバノキイス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.137