化身


01931
届きたるウイーンの地図をひろげつつ旅ゆく人の背を恋ひゐたり
トドキタル ウイーンノチズヲ ヒロゲツツ タビユクヒトノ セヲコヒヰタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.149
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (69)


01932
辞書のたぐひ聖書もありてくぐもれる和音のごとくわれをとりまく
ジショノタグヒ セイショモアリテ クグモレル ワオンノゴトク ワレヲトリマク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.149
【初出】 『形成』 1969.3 「無題」 (6)


01933
目に見えぬ葛藤を身にくりかへし灯にかざす手も薄くなりたり
メニミエヌ カットウヲミニ クリカヘシ ヒニカザステモ ウスクナリタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.150
【初出】 『形成』 1969.3 「無題」 (2)


01934
幼くて父を失ひし日のみぞれ今に憶えゐて妹の言ふ
オサナクテ チチヲウシナヒシ ヒノミゾレ イマニオボエヰテ イモウトノイフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.150
【初出】 『現代短歌』 1969.11 カリフの言葉 (9)


01935
木洩れ陽のかげりては射し一つ一つの恩誼といふに疲るる日あり
コモレビノ カゲリテハサシ ヒトツヒトツノ オンギトイフニ ツカルルヒアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.150
【初出】 『形成』 1969.5 「無題」 (6)


01936
残されむひとりのために死も難し南天の花ゆさぶりて見つ
ノコサレム ヒトリノタメニ シモカタシ ナンテンノハナ ユサブリテミツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.151
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (40)


01937
あぢさゐはうすくれなゐの返り花鎮まりかねて出でゆくものを
アヂサヰハ ウスクレナヰノ カエリバナ シズマリカネテ イデユクモノヲ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.151
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (36)


01938
木の洞にいつまであらむ翅たたみ押し葉となれる蝶の一枚
キノウロニ イツマデアラム ハネタタミ オシバトナレル チョウノイチマイ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.151
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (48)


01939
血圧の昇るきざしかまなかひに風花の舞ふごとき野を行く
ケツアツノ ノボルキザシカ マナカヒニ カザハナノマフ ゴトキノヲユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.152
【初出】 『形成』 1969.5 「無題」 (2)


01940
錫いろにくれゆく空を遠ざかり生きて帰らむ鳩と思はず
スズイロニ クレユクソラヲ トオザカリ イキテカエラム ハトトオモハズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.152
【初出】 『短歌新聞』 1969.8 サブリナの靴 (14)


01941
すきとほる化身などにてさまよはむわれと思へば寂し死の後も
スキトホル ケシンナドニテ サマヨハム ワレトオモヘバ サビシシノゴモ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.152
【初出】 『現代短歌』 1969.11 カリフの言葉 (17)


01942
竪琴の弾き手のをとめ昨夜見たる輝きに遠くバスを待ちゐつ
タテゴトノ ヒキテノヲトメ ヨベミタル カガヤキニトオク バスヲマチヰツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.153
【初出】 『形成』 1969.5 「無題」 (4)


01943
混信し切れたる電話思はざる呪縛となりて暑き日のくれ
コンシンシ キレタルデンワ オモハザル ジュバクトナリテ アツキヒノクレ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.153
【初出】 『短歌新聞』 1969.8 サブリナの靴 (12)


01944
意表を突くことも言ひ得ず帰り来てレタス幾ひら真水にひたす
イヒョウヲツク コトモイヒエズ カエリキテ レタスイクヒラ マミズニヒタス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.153
【初出】 『形成』 1969.9 「無題」 (5)


01945
指先に芥子の花湧く幻覚をふたたび待ちて告ぐることなし
ユビサキニ カラシノハナワク ゲンカクヲ フタタビマチテ ツグルコトナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.154
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (14)


01946
いづくにかまだ母はゐてわがために粽の葉など摘めるならずや
イヅクニカ マダハハハヰテ ワガタメニ チマキノハナド ツメルナラズヤ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.154
【初出】 『短歌』 1969.8 雲多き日々 (12)


01947
みづからの問ひも答へもおのづから定まるに似て夜の雨の音
ミヅカラノ トヒモコタヘモ オノヅカラ サダマルニニテ ヨノアメノオト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.154
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (50)