ひなげしの種


01948
われの持つ網膜の疵仰ぎ見る白磁の壼は肩に影置く
ワレノモツ モウマクノキズ アオギミル ハクジノツボハ カタニカゲオク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.155
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (1)


01949
人知れず来む春に待つ何あらむ砂にまぜて播くひなげしの種
ヒトシレズ コムハルニマツ ナニアラム スナニマゼテマク ヒナゲシノタネ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.155
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (2)


01950
諦めてなすこととなさぬこととあり思へばながくピアノを弾かず
アキラメテ ナスコトトナサヌ コトトアリ オモヘバナガク ピアノヲヒカズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.156
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (3)


01951
水位計の立つあたりまで今日は行き牛小屋のあることも知りたり
スイイケイノ タツアタリマデ キョウハユキ ウシゴヤノアル コトモシリタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.156
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (4)


01952
何になる鉄とも知れず積まれをり落ち葉を踏みてたれか近づく
ナンニナル テツトモシレズ ツマレヲリ オチバヲフミテ タレカチカヅク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.156
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (5)


01953
霧ふかき夜を戻りつつふりかへるいまだ地図にもなき切り通し
キリフカキ ヨヲモドリツツ フリカヘル イマダチズニモ ナキキリドオシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.157
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (6)


01954
あたためしミルクがあましいづくにか最後の朝餉食む人もゐむ
アタタメシ ミルクガアマシ イヅクニカ サイゴノアサゲ ハムヒトモヰム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.157
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (7)


01955
人のためなし得ることの小さくて短き釘をわれは戸に打つ
ヒトノタメ ナシウルコトノ チイサクテ ミジカキクギヲ ワレハトニウツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.157
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (8)


01956
見下ろしの積み木の街のひろがりを分けて流るるゆふべの霧は
ミオロシノ ツミキノマチノ ヒロガリヲ ワケテナガルル ユフベノキリハ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.158
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (9)


01957
ヒロインのごとくに老いし人と会ひ今に美しき歯並びも見つ
ヒロインノ ゴトクニオイシ ヒトトアヒ イマニウツクシキ ハナラビモミツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.158
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (10)


01958
幼な子の貸してくれたる黄の傘をふたたびさして手もと明るし
オサナゴノ カシテクレタル キノカサヲ フタタビサシテ テモトアカルシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.158
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (11)


01959
ためらひて贈ると決めし箱の上淡き影なすリボンを結ぶ
タメラヒテ オクルトキメシ ハコノウエ アワキカゲナス リボンヲムスブ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.159
【初出】 『短歌』 1969.8 雲多き日々 (21)


01960
いづくまで行きしや月の夜の更けをつゆけき犬となりて戻り来
イヅクマデ ユキシヤツキノ ヨノフケヲ ツユケキイヌト ナリテモドリク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.159
【初出】 『短歌』 1969.8 雲多き日々 (29)


01961
眠るほかなき時間来て裏返しのままなるわれの髪のピン抜く
ネムルホカ ナキジカンキテ ウラガエシノ ママナルワレノ カミノピンヌク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.159
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (13)


01962
潮さゐにまぎれてゐたる耳鳴りの眠らむとしてまた帰り来る
シオサヰニ マギレテヰタル ミミナリノ ネムラムトシテ マタカエリクル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.160
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (27)


01963
髪型の違へるをいたく驚かれ変化とぼしき身と気づきたり
カミガタノ チガヘルヲイタク オドロカレ ヘンカトボシキ ミトキヅキタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.160
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (28)


01964
合歓の花の色に染みゆく雲の果て矛盾は今もわれに美し
ネムノハナノ イロニシミユク クモノハテ ムジュンハイマモ ワレニウツクシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.160
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (29)


01965
入り日差す坂をのぼりてゆく心石のごとくに照ることもなし
イリヒサス サカヲノボリテ ユクココロ イシノゴトクニ テルコトモナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.161
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (18)


01966
駅までのしばしを歩み別れしが九官鳥は死にたりといふ
エキマデノ シバシヲアユミ ワカレシガ キュウカンチョウハ シニタリトイフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.161
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (19)


01967
河口近き鉄橋を渡る夜汽車見ゆ垂れし双手のさびしきときに
カコウチカキ テッキョウヲワタル ヨギシャミユ タレシモロテノ サビシキトキニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.161
【初出】 『短歌』 1969.8 雲多き日々 (30)


01968
卓上の蘭の葉先のゆれながら向きあふ顔をよぎるときあり
タクジョウノ ランノハサキノ ユレナガラ ムキアフカオヲ ヨギルトキアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.162
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (24)


01969
靴下の赤かりしことのみ思はれて狭き階段を昇りはじめぬ
クツシタノ アカカリシコトノミ オモハレテ セマキカイダンヲ ノボリハジメヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.162
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (25)


01970
巻貝の先かたむけて目に見えぬ螺旋の糸をひきのばしゆく
マキガイノ サキカタムケテ メニミエヌ ラセンノイトヲ ヒキノバシユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.162
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (26)


01971
螢光灯いつせいにともる時に遭ひ誇らむものの何一つ無し
ケイコウトウ イツセイニトモル トキニアヒ ホコラムモノノ ナニヒトツナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.163
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (21)


01972
いづこにも風は吹きゐず花の香に乱されて醒めしまどろみのあと
イヅコニモ カゼハフキヰズ ハナノカニ ミダサレテサメシ マドロミノアト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.163
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (22)


01973
夢のなかの出会ひといふも敢へなくて防空壕は水漬きゐたりき
ユメノナカノ デアヒトイフモ アヘナクテ ボウクウゴウハ ミズキヰタリキ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.163
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (23)


01974
丸衿の紺の制服幾何を好む少女のわれはいづこへ行きし
マルエリノ コンノセイフク キカヲコノム オトメノワレハ イヅコヘユキシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.164
【初出】 『形成』 1969.9 「無題」 (6)


01975
わきまへのなき犬ながら限りなくまろびて遊ぶ注射のあとを
ワキマヘノ ナキイヌナガラ カギリナク マロビテアソブ チュウシャノアトヲ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.164
【初出】 『形成』 1969.9 「無題」 (3)


01976
妹に揺り椅子一つ買ひやらむやはらかき春の日ざしとなりぬ
イモウトニ ユリイスヒトツ カヒヤラム ヤハラカキハルノ ヒザシトナリヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.164
【初出】 『短歌研究』 1969.3 ひなげしの種 (30)