暮れのこる沼


02008
昼前の標本室のしづけさにジュラ紀の貝の乾きてならぶ
ヒルマエノ ヒョウホンシツノ シヅケサニ ジュラキノカイノ カワキテナラブ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.177
【初出】 『形成』 1969.4 「無題」 (5)


02009
挑ましき思ひも湧かず二つ目の病名を身に告げられて来て
イドマシキ オモヒモワカズ フタツメノ ビョウメイヲミニ ツゲラレテキテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.177
【初出】 『形成』 1969.4 「無題」 (2)


02010
唱ふれば成ると教はり唱へたる幼き日より信深からず
トナフレバ ナルトオソハリ トナヘタル オサナキヒヨリ シンフカカラズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.178
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (108)


02011
榧の実の一日降りしきいち早く冬の保護色となるけものたち
カヤノミノ ヒトヒフリシキ イチハヤク フユノホゴショクト ナルケモノタチ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.178
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (71)


02012
バスを待つ寒き川べり胸の毛をよごして帰るわが犬に会ふ
バスヲマツ サムキカワベリ ムネノケヲ ヨゴシテカエル ワガイヌニアフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.178
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (93)


02013
夜の雪はタイヤ痕より解けはじめまた幾日か道ぬかるまむ
ヨノユキハ タイヤアトヨリ トケハジメ マタイクニチカ ミチヌカルマム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.179
【初出】 『形成』 1969.4 「無題」 (4)


02014
レーダーか何かのほしきゆふべにて路面に低く蜂の飛ぶ見つ
レーダーカ ナニカノホシキ ユフベニテ ロメンニヒクク ハチノトブミツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.179
【初出】 『短歌公論』 1968.1 青きたてもの (1)


02015
貝殻を踏みしあなうら疼く夜の螺旋の戻るごときさびしさ
カイガラヲ フミシアナウラ ウズクヨノ ラセンノモドル ゴトキサビシサ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.179


02016
よみがへる言葉のごとくとぎれつつ校塔のチャイム川越えて鳴る
ヨミガヘル コトバノゴトク トギレツツ コウトウノチャイム カワコエテナル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.180
【初出】 『形成』 1969.10 「無題」 (3)


02017
埋めたての人ら去りゆきパレットのかたちに白く暮れ残る沼
ウメタテノ ヒトラサリユキ パレットノ カタチニシロク クレノコルヌマ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.180
【初出】 『形成』 1969.4 「無題」 (1)


02018
出で歩く日の稀にしてよくものを失ふことの今も変らず
イデアルク ヒノマレニシテ ヨクモノヲ ウシナフコトノ イマモカワラズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.180
【初出】 『形成』 1969.4 「無題」 (3)


02019
雪の夜のロビーに待てばあづかれる人のコートのしめりがやさし
ユキノヨノ ロビーニマテバ アヅカレル ヒトノコートノ シメリガヤサシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.181


02020
首長きガラスの花瓶見てゐしが不意に足より力脱けゆく
クビナガキ ガラスノカビン ミテヰシガ フイニアシヨリ チカラヌケユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.181
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (74)


02021
身内には言へぬことあり駅までを伴へる人にも告げず別れぬ
ミウチニハ イヘヌコトアリ エキマデヲ トモナヘルヒトニモ ツゲズワカレヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.181
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (74)


02022
よごれたるハンカチを持つことのふと危ふくて駅の階くだりゆく
ヨゴレタル ハンカチヲモツ コトノフト アヤフクテエキノ カイクダリユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.182
【初出】 『形成』 1969.11 「無題」 (2)


02023
解きものをしたる糸屑掃きよせてかすかに犬の脱け毛まじれる
トキモノヲ シタルイトクズ ハキヨセテ カスカニイヌノ ヌケゲマジレル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.182
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (65)


02024
ゴムの葉など洗ひゐる間にみどり児をすりかへらるる怖れは無きか
ゴムノハナド アラヒヰルマニ ミドリゴヲ スリカヘラルル オソレハナキカ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.182
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (70)