蝋の顔


02025
握力の不意にゆるみてめざめつつ印度林檎の匂ふ枕べ
アクリョクノ フイニユルミテ メザメツツ インドリンゴノ ニオフマクラベ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.183
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (1)


02026
石鹸を泡だててゐて蹼のあとのある手をふとかなしめり
セッケンヲ アワダテテヰテ ミヅカキノ アトノアルテヲ フトカナシメリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.183
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (2)


02027
ゆきずりの一人となして離りたり木の葉のごときわれと思ふや
ユキズリノ ヒトリトナシテ サカリタリ コノハノゴトキ ワレトオモフヤ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.184
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (3)


02028
滅多には潰れぬと人に言ひて来て言ひし言葉に励まされゆく
メッタニハ ツブレヌトヒトニ イヒテキテ イヒシコトバニ ハゲマサレユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.184
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (4)


02029
切り札を持ちて歩めるわれならず川の匂ひのこよひは著し
キリフダヲ モチテアユメル ワレナラズ カワノニオヒノ コヨヒハシルシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.184
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (5)


02030
勤め先分れて幾日道に会へば人はわれより濃き思ひ持つ
ツトメサキ ワカレテイクヒ ミチニアヘバ ヒトハワレヨリ コキオモヒモツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.185
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (29)


02031
半円をゑがきて低く飛べる蛾のふたたび道におりてしづまる
ハンエンヲ ヱガキテヒクク トベルガノ フタタビミチニ オリテシヅマル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.185
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (33)


02032
目のしきり乾くと思ひ立ちあがりいたくぬくめる空気に触れつ
メノシキリ カワクトオモヒ タチアガリ イタクヌクメル クウキニフレツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.185
【初出】 『形成』 1970.4 「無題」 (1)


02033
赤き緒を垂るる喇叭のいづこにもあらずふたたび眠りゆきたり
アカキオヲ タルルラッパノ イヅコニモ アラズフタタビ ネムリユキタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.186
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (6)


02034
アドバルン上げ終へし人ら降りて来て互みに風のつめたきを言ふ
アドバルン アゲオヘシヒトラ オリテキテ カタミニカゼノ ツメタキヲイフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.186
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (7)


02035
礼深く人の出で入る病室にリボンフラワーの赤なまなまし
ヰヤフカク ヒトノイデイル ビョウシツニ リボンフラワーノ アカナマナマシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.186
【初出】 『形成』 1971.3 「無題」 (7)


02036
大銀杏廻りて帰るどこまでも歩きゆきたき犬を諭して
オオイチョウ マワリテカエル ドコマデモ アルキユキタキ イヌヲサトシテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.187
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (52)


02037
階段を半ばのぼりて気づきたり今朝は左の膝の痛まず
カイダンヲ ナカバノボリテ キヅキタリ ケサハヒダリノ ヒザノイタマズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.187
【初出】 『形成』 1970.6 「無題」 (2)


02038
ひきだしをかきまはしゐて思はざるときに香に立つ匂ひ袋は
ヒキダシヲ カキマハシヰテ オモハザル トキニカニタツ ニオヒブクロハ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.187
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (87)


02039
耳打ちをされたる少女何問ふとまつすぐわれを見つつ近づく
ミミウチヲ サレタルオトメ ナニトフト マツスグワレヲ ミツツチカヅク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.188
【初出】 『形成』 1970.4 「無題」 (2)


02040
思はざるゆとりの出でて物言ひのはげしき人を見てゐる日あり
オモハザル ユトリノイデテ モノイヒノ ハゲシキヒトヲ ミテヰルヒアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.188
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (32)


02041
押すこともあらず押されて歩む身をわれと笑ひて改札を出づ
オスコトモ アラズオサレテ アユムミヲ ワレトワラヒテ カイサツヲイヅ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.188
【初出】 『形成』 1970.3 「無題」 (7)


02042
怒ること少なきわれか帰り来てレモンの輪切りに砂糖を浴びす
イカルコト スクナキワレカ カエリキテ レモンノワギリニ サトウヲアビス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.189
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (34)


02043
麻痺の去りし指先触れて確かむる芥子のつぼみの持てる弾力
マヒノサリシ ユビサキフレテ タシカムル ケシノツボミノ モテルダンリョク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.189
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (37)


02044
水使ふとき疼く指を妹の気にしてゐしがしばらく言はず
ミズツカフ トキウズクユビヲ イモウトノ キニシテヰシガ シバラクイハズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.189
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (54)


02045
用向きのはかりかねつつ不意に来し人の細身の草履を揃ふ
ヨウムキノ ハカリカネツツ フイニコシ ヒトノホソミノ ゾウリヲソロフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.190
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (9)


02046
日だまりに風ぐるま売る前過ぎて春となる日をたれよりも待つ
ヒダマリニ カザグルマウル マエスギテ ハルトナルヒヲ タレヨリモマツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.190
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (10)


02047
人の立つ塊りをきはどくよけながらホームに水の撒かれてゆきぬ
ヒトノタツ カタマリヲキハドク ヨケナガラ ホームニミズノ マカレテユキヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.190
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (11)


02048
うとましく振舞ふことの身につくやマリオネットは蠟の顔持つ
ウトマシク フルマフコトノ ミニツクヤ マリオネットハ ロウノカオモツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.191
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (12)


02049
妹の赤き傘よりたたみゐてリンスの匂ひまとふてのひら
イモウトノ アカキカサヨリ タタミヰテ リンスノニオヒ マトフテノヒラ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.191
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (13)


02050
みづからを守らむのみに日をかけて越え得し思ひ人に知られず
ミヅカラヲ マモラムノミニ ヒヲカケテ コエエシオモヒ ヒトニシラレズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.191
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (14)


02051
肘痛むときに思へりスヰフトは予言してつひに人を死なしめき
ヒジイタム トキニオモヘリ スヰフトハ ヨゲンシテツヒニ ヒトヲシナシメキ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.192
【初出】 『形成』 1970.3 「無題」 (5)


02052
屋上にしづまりゐたる旗一枚不意によぢれて降ろされゆけり
オクジョウニ シヅマリヰタル ハタイチマイ フイニヨヂレテ オロサレユケリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.192
【初出】 『形成』 1970.6 「無題」 (4)


02053
貝合はせの貝もウインドウに見えずなりわがたのしみの一つ失ふ
カイアハセノ カイモウインドウニ ミエズナリ ワガタノシミノ ヒトツウシナフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.192
【初出】 『短歌研究』 1970.3 蝋の顔 (15)